はるちんのひとりごと

自分の思いを自分の言葉で。喜びも悩みも不安も悲しみも、ぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、分かち合えれば希望になる"

抱きしめたら壊れてしまう

 

2020.2.27

二度目の東北。

1人で公共交通機関を乗り継いで行ったのは2年前。

 

私が東北に行く理由 - はるちんのひとりごと。

東北の旅を終えて - はるちんのひとりごと。

旅を終えて-車窓の旅編- - はるちんのひとりごと。

 

 

今回は、4月から入る会社の同期に

仙台出身の子がいたので

案内をお願いした。

 

 

旅の記憶を記録に。

 

 

 

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道の所々に残っていた

火災で焼けた木

歩きだからこそ見つけられた

 

 

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被災地はずっと変わり続ける

 

 

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火葬が追いつかなくて、一時的に遺体を土葬した場所

月日が経ったことによって

液体になったご遺体もあった

 

すべてのご遺族が迎えに来た

 

 

 

***

震災で長女を亡くした

 

 

石巻市立門脇小学校

バスは園児を乗せたまま渋滞に巻き込まれ、大津波に。

避難訓練の在り方を問題視

せめて月1回の訓練を義務づけられないか

 


南浜つなぐ館

「未災地」の人へ教訓を伝えたい

 


見つけた我が子は焼死体

下半身なし

表情すら分からない

でも、見つけた瞬間、我が子だと分かった

 


3月14日 安置所

何百人ものご遺体

家族じゃなきゃ分からない

洋服の一部で判断

母親「うちの子だ」

それぞれのおうちへ

 


骨1本、2本でも拾ってあげたい

遺品はその時見つけたもの

 

 

震災の日は、幼稚園で思い出の品を持ち帰る日だった

娘が作った作品は全て燃えた

 

唯一シューズとクレヨンだけ

 

どういう絵を描いてたんだろう

何色のクレヨンが1番短かったんだろう

 

上靴入れの裏地として使った布

入った年によってケースの柄が違う

 

他の人から見たらゴミのようなものかもしれない

娘が残してくれた大切なもの

 


中学生の時に原爆ドームに行った

その時に見た遺品が衝撃的だった

それがずっと頭の中に

そういう役割を果たせるのではないか

遺品が語りかけてくれるんじゃないか

その力がある

 


子どもは幼いほど「避難したい」と言えない

見た人たちが受け取って帰って

 


被災現場に咲いていた花 マーガレット

根をとっていたのに命が芽吹いた

花は手をかけなければ枯れてしまう

忘れた時には花は枯れる

忘れない、忘れさせない

 


震災後にできた避難道

スロープ1つつけてほしかった

弱者のことを考えてほしかった

震災後に敢えて作ったのに

いつ何時自分がそういう立場になるかわからない

ただ作ればいいものじゃない

助かりたくて上っていくんだから

 


震災の爪跡

長渕剛さんが紅白で中継したところ

地震津波、火災

津波で流されてきたものは既に燃えていた

プロパンガスの爆発音

 


すすで真っ黒だったのが

年月が経ち今の状況に

 

 

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校庭に避難した人たちは日和山に逃げて助かった

 

2:46  幼稚園のバスに乗っていた

大人の私でもこわかった

この世が終わるくらいの強い揺れが3分

 

バスは発車

本来であれば幼稚園は安全な場所だったのに

 

門脇小学校で待機していた時

子どもたちの命が助かる最大のチャンス

 

4人の大人の手があって

残り7人の子

 

子どもたちはみんな恐怖と不安で泣いていた

あいりちゃんだけは励ましてくれたと

のちに聞いた

 

 

バスから下ろして連れて帰ってきてほしかった

命さえあれば

幼稚園は窓ガラス1つ割れてない

 

防災無線 沿岸に近づかないで

建物の中で聞いていた園長

ひた隠しにされていた

命を預かっている現場の責任

 

場所としては良いところにあった

意識が低かった

 

「きこえなかった」

 

耳を傾けなければいけない

保育所だと訓練は月1回以上と消防法で定められてる

幼稚園はなぜ年2回だけ?

 

訓練では、机の下に隠れるだけ

先生たちも見たことなかった防災マニュアル

必要なのは分厚いマニュアルではなく訓練

 

門脇保育所の子はみんな助かった

園長 「3月でよかった」

4月だと、訓練したことない子がいるから

 

幼稚園によりけり

子によって開きができるのは×

 

学校単位 学校という枠組み

家族の中で1番安全なところにいたのに

子どもは大人が守らなければ

大人の判断1つで守れる命

 

被災現場

子どもを捜してくれなかった

数十分経って 瓦礫だらけ

3人抱き合うようにして見つかった

夜中12時頃聞こえた 「たすけて」

なんでここから子どもの声が?

 

 

ぼろぼろになっていた

抱きしめたら壊れてしまう

そっと優しく運んだ

 

 

抱きしめてあげればよかった

それがあの子にできた最後のことなのに

 

 

 

***

コトのアート研究所というゲストハウスに泊まった。

 

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悲しいっていうだけじゃなくて、

いろんな方法で前に進めていく

それをアートで

 


震災×アート×社会観光

 


壊れた建物や橋は行政が回収してくれるけど

壊れた人間関係はそのまんま

 

 

おしるこカフェ


自分たちで活動資金を→旅館業開始


未来へ伝えるアートプロジェクト

アチェジャパン


バンダアチェ

イスラムの神が自殺を禁止

 


3997体の木彫りを彫った

津波は遺体を遺さない

何も残らない喪失感

実際にはこれだけの人がいたんだ、ということを伝えたくて

 


石巻2.0


子どもの頃は石巻が嫌いだった


本当に人手がいない

すぐ実行に移せる

おもしろそうになることはすぐやろう!


東京に住んでた若者が震災を機にこっちへ移住

 


震災前

駅前の通りは閑古鳥

空き家のリノベ、若者が活動を始めた


現代アートのギャラリー3つ

ツアーガイド


1人や2人ではどうすることもできなくて

いろんな人が飛び込みで

震災によって時計の針が早まっただけ

この街全体が実験場

 


石巻演劇祭


夢の実現ができる

 


出る杭を打つ大人たちがいないから、面白い場所

 


仮設住宅の壁に絵を描いたりした

仮説住宅のお風呂をもらってリフォーム

 

 

 

***

宮城1日目。

泣いてはいけないと思っていても

震える声を耳にしたら

目が涙でいっぱいになった。

 

 

泣く資格もないと思った

 

 

その通りだった。

 

でも、そう切り捨てられるほど

自分の心はつよくなかった

 

 

どんな顔をして、

お話を聞くのが正解なのか

湧いてきた疑問は素直に尋ねて良いものなのか

いろいろ考えた結果

何も言うことができなかった

 

 

 

 

 

 

2日目↓

この春が、何もかも、これからだった - はるちんのひとりごと。