はるちんのひとりごと

自分の思いを自分の言葉で。喜びも悩みも不安も悲しみも、ぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、分かち合えれば希望になる"

堂々めぐり

 

 

人生どん底だから、

もう何も気にせずに生きていきたい。

 

好きな時間に起きて

好きな人と好きなもの食べて

おうちでゆっくりして、

お休みが3日続けばディズニーに行って

夢の国を満喫する。

 

こんな暮らしができたらいいなぁ。

 

 

 

でも、自分を縛るものがなくなっちゃうと、

人間どんどんダメになってくのかな。

 

緊張しない日の連続は人間を怠惰にするって

インターン先のおばちゃんが教えてくれた。

 

 

人生って難しいな…

 

 

 

 

自分の能力は低いものだと思っているから、基本的に

褒められても100%素直に嬉しいという感情に

なることがない。

 

 

いつか失望される日が来るけど、

たまたままだ見破られてないだけ、

私を知れば知るほど、みんな私から離れていくのだと

心のどこかで諦めちゃってる部分がある。

 

 

 

 

褒められることに、それ以上でもそれ以下でもなく

自分で価値をつけられればいいのにな。

 

 

 

褒められることが、いつも無自覚のうちに黒い塊になっている。

「そんなわけない、私はそんな凄い人間じゃない」って、褒め言葉を頭から排除しようとし、

「これを超え続けなきゃ」というプレッシャーとなって襲い掛かってくる。

 

 

 

 

 

それはきっと、自分で自分を認める力がなさすぎて

他者からの評価に過敏に反応してしまうからなんだと思う。

 

 

「人から認められる」という意味では

褒められることはとても嬉しいのだけど、

同時に自分を苦しめるものでもあり、褒め言葉は

いつまで経ってもこわくて苦手なもののままだ。

  

 

 

 

 

なんで自分はこんなに月日が経つのに、

未だに克服できんのだろう。

 

 


地元は大好きな場所だけど
でもやっぱり心はもう完全には戻れなくて、
大好きな地元に、胸を張って帰れない自分がすごく嫌。

 

 


自分はみんなが心配してくれて応援してくれるほどの人間じゃないのに
みんなの優しい気持ちと期待に応えられる人間じゃないのに
なんでみんなこんなにやさしくて、自分はこんなに無力なんだろう

 

 


だけどある人はこう言った。

 

 

自分はもう忘れたから、克服?したことになるんかもしれん。

でも忘れたくもなかった。

チャラにして、その存在と関わらんといけんくなったから悔しさもある。

 

過去の日記とか見たらもうすごいこと書いとるから、きつかったんやろな思うけど

もう忘れてしまったから会えるし話せるし

そのことが自分も苦じゃなくなっとる。

ちょっとその時の自分がかわいそう。

だってあんなに悩んだじゃんあんなに苦しんだじゃんあんなに訴えてたじゃんって

 

 

 


克服ってなんだろう。

 

 


でも、どんな生き方でも生きてほしいって

そう言ってもらえて、どれだけしんどくても、

今の自分のこの感情から逃げたくなくて、

ちゃんと向き合って克服しようとしてる自分がいて

 

 


本音を言える存在がちょっとしかいないがために

こうして辛い気持ちを伝えることもその人になってしまって、

大好きなのに、大好きだから自分のことを分かってほしくて、でも本音を伝えるとごめんねって謝らせてしまって、

大好きな人たちに謝らせて自分何しとるんだろう、って…

 

 

 

 


私の人生はこんなに真っ黒なのに

同じ今を生きる皆の生き方はキラキラしてて、

私にはそれが眩しくて。

 

 

 

 

 


人生の壁に

ぶち当たってる真っ最中です…

 

 

 

 

でも、9月だけ、この1ヶ月だけ

頑張ってみようかなって思ったら、

ちょっとだけ心が軽くなった気がして、

 

 

 

それでもうまくいかなかったら

もう1回ちゃんと考えよう。

 

 

 

 

 

生きるのって、ほんまに大変だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

8月31日の夜に

 

 

# 8月31日の夜に

 

 

こんなハッシュタグを、知っていますか。

 

 

 

 

夏休みが終わる8月31日から

夏休みが始まる9月1日にかけて

子どもの自殺率が最も高くなることを受け、

"無理に学校に行かなくてもいいよ"というメッセージを

このハッシュタグとともにツイートしたり

noteにまとめたりする動きがある。

 

 

 

 

その殆どが子どもたちに届くかは分からないけれど

時代は少しずつ、よくなっているなぁと思う。

 

 

 

 

 

 

 

思い出して話そうと思えば、

涙が先に出てきて、冷静に話すことができない。

 

 

 

(まぁ、辛すぎて記憶から消してしまって、

ほとんどのことをもう思い出せないのだけど…)

 

 

 

 

経験者なのに、そのことについて語ることのできない

私は、今まさにそれで苦しんでいる誰かを励ます

言葉をかけてあげることも、

背中を押してあげることもできない。

 

 

 

 

 

でも、その時の悲しみや悔しさを超えてきたこと、

言葉にならない気持ちや背景にあるものを想像して

自分だけじゃない誰かを思い大切にしてきたこと、

 

 

そんな日々が今の自分を何よりも支えてきたこと

 

 

 

これくらいなら、言葉にして伝えられる。

 

 

 

 

今いる環境が全てではないし、

誰にだってありのままの自分を受け入れてもらえる

居場所がある。

 

 

 

 

 

"学校に行かなくてもいいよ"と言われても

学校に行かないことを選択できなかった。

 

 

 

 

"なんかあったらすぐ言ってね"と言われても

そんなことを口にできる勇気もなかった。

 

 

 

 

 

 

学校を休んだからといって

辛さがなくなるわけではないし、

将来のことを考えたら

学校に行かないことなんて考えられなかった。

 

 

 

 

でも、何十年も先の将来のことのために、

その時の感情や心の叫びを潰して生きることを

選択してしまったことは、

実はいま1番後悔してることかもしれない。

 

 

 

 

耐えて耐えて我慢して1人で泣くことより、

明日も生きたいと思える心の状態になることのほうが

きっと大切なことだったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

私にはできなかったけど、

でも、学校なんて、無理して行かなくていいと思う。

 

 

 

つらいことは、つらいと言えばいいと思う。

 

 

 

 

 

 

その時耐えたことは、耐えた"つもり"になってるだけで

本当は心にしっかり刻まれたまま

それからの人生を生きていくことになる。

 

 

 

それを克服する期間って、予想以上にしんどいから。

 

 

 

 

 

向こうは、なんにも覚えてないんだろうな。

 

 

 

全部忘れて、楽しい記憶だけ残って、

いつを思い返しても「楽しかった学校生活」

なんだろうな。

 

 

 

楽しかった記憶だけを思い起こして

思い出に浸れるんだろう。

 

 

 

 

 

(本当はこんなこと、もう、

言いたくもないし思い出したくもない。)

 

 

 

 

 

 

いじめって、その人の一生をこんなに狂わして

しまうものなのに、傷を負うのも

その傷とともに生きていく覚悟を背負うのも

傷つけられた方だけで

 

 

 

いじめの影響で変わってしまった性格は、

その後の人生を大きく左右する。

 

 

 

 

私の場合は、かなり情緒不安定になってしまって

ちょっとしたことで悲しくなってしまうし、

号泣するくらい不安になってしまってたな…

 

 

 

 

でも、もう憎んでないよ。

憎む度にその時のことを思い出すのはしんどいし、

憎しみって、何も生まないって分かったから。

 

 

 

 

 

こんなに辛くて悔しかった経験だけど、

根絶したいとは思っていない。

 

 

 

 

というか、根絶したいと願えないほどに、

社会のいろんなことを知ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

でも、いじめは根絶できなくても、

いじめの根絶を願えなくても、

 

 

誰かにすぐ、手をのばせられる社会になれば

いいなと思う。

 

 

 

 

 

耐えることが強いことなんじゃなくて、

自分の弱さをさらけ出せる強さを持てる社会に

なればいいなと思う。

 

 

 

 

 

つらいことを、つらいと言える社会になれば

いいなと思う。

 

 

 

 

書いてて涙が止まらなくなってきたから、

短めだけどこの話はここで終わり。

 

 

 

 

*****

 

 

優しい人になりたいと思って、生きてきた。

 

 

ずっと、「優しい」が何なのか、分からないまま。

 

 

 

それが何なのか、今でも明確には分からないけど、

 

 

でも、

 

 

貫けるものがない優しさは、優しさではないんじゃないかと最近思うようになった。

 

 

 

 

 

答えのないことを、考えることが好きだった。

答えが出なくても、永遠に考えていられた。

 

 

 

 

でも、段々、自分なりの答えを見つけられるようになった。

 

 

 

やっと自分が、少しずつ形成されてきた感じがする。

 

 

 

 

嬉しいけど、嬉しくない気持ちもある。

 

 

 

自分が形成されればされるほど、

違う価値観や考え方を否定してしまいそうになるから。

 

 

 

 

無意識のうちに、自分が気づかぬうちに、

誰かのことを傷つけてしまっていないかが

とてもこわい。

 

 

 

 

 

自分の中の、「貫けるもの」も、「正義」も、

人それぞれ違う。

 

 

 

 

だからこそこの世界は

いろんな優しさと正義が絡み合ってできていて

 

 

 

何気ない一言が誰かを救って

何気ない行動が誰かを勇気づける。

 

 

(逆のことも、あるね。)

 

 

 

自分にとっての「優しさ」、「正しさ」が、

誰かにとってナイフになってはいないだろうか。

 

 

 

 

自分が気づいていないどこかで、

自分の言葉が、行動が

誰かの涙を流させてはいないだろうか。

 

 

 

 

人はそれぞれ事情をかかえ、平然と生きている

 

 

 

ずっとずっと、覚えていたい言葉。

 

 

 

 

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最後に。

 

 

家庭、学校、職場…

 

 

生活を支えるあらゆる場で

助けを求める、声にならない声が実は沢山あること

 

 

 

 

 

8月31日だけじゃなくて、

いつも誰かが心のどこかに留めておける

そんな世界にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

経験したことが、どんなに辛くて悲しいことで

深く深く心に残って、トラウマになってしまっても

 

自分だけではない、いつかの誰かの気持ちを思い

その傷を癒すことに繋げられたら

 

過ごしてきた日々、感じてきたこと全部ひっくるめて

私は私で良かったと心から思える日が

来てくれたらいいなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を追うのは孤独だなぁ

 

 

何か(誰か)に縋って生きることは、不自由だけど

実はとても楽なものだと思う。

 

 

 

言い訳はできるし、責任も押し付けられるし、

うまく説明できなくても、矛盾していても

そんなどうしようもない感情を

その場その場で相手にぶつけることができる。

 

 

 

そして何より、そんな自分に気付くことなく

生きていける。

 

 

 

 

 

 

一方で、

 

 

 

自分を生きていくことは、自由だけど

とても大変で難しくて、時に寂しくなるものだと思う。

 

 

 

 

うまく説明できないもどかしさも

自分の中で矛盾している感情も

全部自分で向き合っていかなければならない。

 

 

 

(今まで自分がどれだけ何か(誰か)に縋って

生きてきたかを痛感しながら…)

 

 

 

 


(私にとって)自分を生きるとは、

何にも縋らずに、縛られずに生きていくこと。

 

 

 

こんな生き方が、できたらいいなと思う。

 

 

 

そして、少なくとも、前よりかは、

できるようになりつつあると思う。

 

 

 

 

でも、できそうでできないその真ん中にいる。

 

 

 


できたらいいなと思う気持ちと、もう何でもいいから

この葛藤と闘う時期をすっ飛ばして

楽に生きていきたいと思う気持ちが半分個ずついる。

 

 

 

 

 


未熟な私は、今は、決断から逃げたいと思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

将来のことは、誰も教えてくれない。

 

 

勉強のことは、嫌ってくらいに

いっぱい教えてくれたのに。

 

 

 

 

でも、そりゃそうだよなとも思う。

 

 

 

自分が生きてきた道も、これから生きていく道も

 

誰かに教えられてきたものではないし、

誰かに教えられるままに生きるなんて

私じゃなくてもできることで

そんなのはとても窮屈なものだと思う。

 

 

 

 

 

 

(もっとちゃんと考えて大学を選べばよかったなぁ。

 

 

でも、福祉系を専門とする大学を選んでたら、

社会学と出会うこともなかったんだろうな、。

 

 

 

そしたら、この大学に入ってよかったなぁとも思う。)

 

 

 

 

 

 

夢を追うのは孤独だ、とタイトルにしたけれど

「寂しい」という意味合いだけで

このタイトルをつけたわけじゃない。

 

 

 

 

夢だけ見ていても、夢を叶えることはできない。

 

 

将来を考えることは、

同時に今の自分と向き合うことだとも思う。

 

 

 

 

 

孤独だと感じる時間は、

"自分との対話"の時間なのだと思うようにしている。

 

 

 

たった1人で過ごす沈黙の時間がないと、

私は自分の感覚や感情が分からなくなる。

 

 

 

 

自分の中にあるものも、

いろんな人の言葉や表情や行動を見ていると

気づかないうちにそれらに左右されて

自分のそれが知らぬ間に埋もれていってしまうのだ。

 

 

 

 

 

だから、孤独は寂しいけれど

私が私として生きていくために

私にとってなくてはならないものでもある。

 

 

 

 

 

いつかこの孤独を、

孤独じゃなくても言葉にできるようになったら

 

 

私は私を

誰かの前でも

(誰かの言葉や表情や行動に左右されることなく)

自分を生きられる人間として

確立させられるんだろうなと思う。

 

 

 

 

 

そんな日が来るのはまだまだ先だと思うけど

そんな日を夢見て、今日も孤独とたたかった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

そういえば帰省した時に社会学の本を読んでいたら、

それを見ていた母に
「あんた社会学好きなん!」って
すごくびっくりされたことがありました。

 

 


なんで?
って聞いたら、

 


社会学は小難しくて母さんはきらい!


ってハッキリ言われて、

ちょっとショックを受けたのでした…

 

 


(まぁ社会学は好き嫌いがかなり顕著に表れる学問だなぁと、この学部学科にいたら日々感じるんだけど…)

 

 

 


『14歳からの哲学』とか

『14歳からの社会学』とか

『14歳の君へ』とか、

 

 

ちょうどその時そういう本に巡り会う時が重なっていて

 


なんで「14歳」なんかねぇ?
と同期と話すことがありました。

 

 

 


子どもから大人になる年齢じゃけんかなぁと
個人的には思います

 


小学生までは、

「自分だけの世界」で終わる(終われる)、というか、

自分は自分だと完全に割り切れるというか、

他者との比較なしに生きていけるというか、

他者を意識するまでには心理レベルで到達してないというか、

そういう意味で「子ども」なのかなぁと。

 

 


中学生くらいって、

「自分」と「他者(社会)」の距離を

意識したり感じ始めたりする時期なのかなって。

 

 


私は普段の生活の中で、無意識のうちに

「私」と「他者(社会)」と「世界」との

距離感とかつながりを考えちゃうんですよね、

 

 

(もちろん程度に差はあるけれど)

 

 


だから多分社会学が好きなんだろうし、

 

いろんな経験があったから

私は私になり切れなくて

どうしても自分を客観視してしまうというか、

常にもう一人の自分が自分のことを見てる感じがして、

他者を意識して初めて自分のことを

考えられるようになるというか

 

 

そういう意識とか感覚の全部ひっくるめて

もう社会学を自分から切り離して生きることが

できないのだろうなと。

 

 

 

この話をしていた同期は、

普段塾で講師としてアルバイトをしてるので

 

 

 

「大人として」彼らに色々な話をするのは容易いけど、中学生のときの繊細な感覚を失いたくない、、

 

 

と言っていました。

 

 

 

私は"日常"とか"当たり前"とか

そういったものにも目を向け

自分の頭で考える人が好きで、

自分もそうでありたいなと日頃から思っていて

 

 

 

大人になるって、特にそういったものに対して

疑いを持たなくなる(持つことを諦める)、とか

違和感や怒りを感じなくなる(忘れていく)

(感じることを諦める、忘れることを覚えていく)

ことでもあるなってなんとなく思うことがあるので

 

 

 

子ども心とか子どもならではの感覚とか

物事の感じ方は、ずっと忘れんでおりたいなぁと

 

 

 

 

同期との会話を通して
そんなことを改めて思いました。

 

 

 

 

 

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この前、金沢に行ってきたんですけど、

金沢に向かう特急の中から見た景色が

素晴らしすぎたのでここに載せときます。

 

 

(これを撮ったのは福井だったかな、)

 

 

 

綺麗な景色が見えるところ、

教えてもらえたら嬉しいです☺

 

 

 

ではまた👋

 

 

 

 

 

 

 

 

本当の闘いはここから

 

 

 

体験したことと、見た景色と、聞いた話。

 

 

(聞いた話は、聞いた通りに

聞いた言葉のまま書いています)

 

 

 

*****


川からは水が溢れ、山からは水が吹き出してきていたそう。行く道行く道通行止め、その日は車内泊。トイレと飲み物が確保できるコンビニの近くに避難。

(その後すぐトイレは使えなくなったそう)

 

 


心細い中助けられたのは近くの住人からの声掛け。
「あっちの道はもう通れんよ」
「私の弟の家の方は通れるみたいじゃけぇあっちに行きんさい」

 


そうして次の日の昼前になんとか家に到着。

 


家族は車で迎えに行こうとしていたが、渋滞と通行止めで迎えに行けず。

バッテリー減るから電話、メールするなと言われてただただ心配することしかできなかった。

 

 

 


その日通った道すべてが、通った何時間後かには土砂崩れや道路陥没を起こしていたと判明、まさに危機一髪。
それらの道は暫くは通れなかったが、1ヶ月後には通れるように。

 

 

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歩道には大量の土が残ったまま。

 

 

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崩れた斜面

 

 

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歩道に倒れたままの道路標識。(手前)

土の塊を置いて、グランドの土が崩れないように。(奥)

 

 

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柵の向こうは、川なんだけど

石やら岩やらで埋まってる

 

 

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上流の大きな岩が家に流れ込んでいる

 

 

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崩れた1階。

今にも崩れそうな道路。

 

 

 

 

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実家の近く。道路陥没してた

 

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普段は小石しかない川。

こんなおっきな岩、どこから来たんだろう

 

 

 

 

道の至る所に土砂と流木が積み上げられている。

鳥取から帰る道も至る所で土砂崩れの痕が見られた。

 

 

 

 

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崩れた斜面を整備している途中

 

 

 

 

 

 

 


給水所にて、殆どの人は順番に並ぶ。

100人に1人くらい、順番を守らなかったり

無理なお願いをしてくる人がいるそう。

 

 


"自分がよければそれでいい"という発想は、結果的には自分にも不利益を齎す。

 


災害時だからこそ規則は守りたい。
無駄な衝突は避けたい。

 


誰かが我慢すれば済む社会ではなくて、
みんなが気持ち良く生きていける社会にしていきたい。

 

 

 


その一方で、温かい話も耳にした。

 


その人の家は被災し断水していたが昼間は仕事に行くため給水にも行けずにいた。

どうしようかと困っていたところ、仕事が終わって夜家に着くと隣の人が水を届けてくれていたそう。

「あんたんとこは仕事があるじゃろうしおばあさんも歩けんじゃろう、水もらってきといたけん」

水だけでなく野菜やら他の食べ物やらも。

 

 

 

 


ニュースにならないだけで
あちこちで土砂崩れが起こっていた。

 

 

 

 


おばあちゃんが住んでいる熊野町

いつもなら20分で行けるところも、大渋滞で2時間かかる。熊野道路は2車線あるけれど殆どの車が左側のみ通行。

料金所で通れるゲートが1番左側の1箇所だけだから。(料金は現在無料)

右側車線は緊急車両の駐車スペース的役割を担っているそう。

 

 

 

 

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県民グランドは、流木や土の運搬場に。

 


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暫定的に作られた道

 


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その道の周り。

 


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なんとか土砂崩れを避けられた家

 


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道の至る所に。

 


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全壊したのは、団地の中の1軒。

家が建ち並ぶ中、その空間だけぽっかり空いていた

 


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天災で家や車が壊れても
ローンが残っていれば返済しなければならない。
新築だろうが新車だろうが関係ない。

(東日本大震災の時もそんな報道を見たな…)

 


そこに「住む」とはそういうこと。

物を「買う」とはそういうこと。

 

 

 

 

 

 

 

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土砂崩れが発生した直後を思えば、。

 

 

 

 

帰省したら、大好きな街が壊れていた。

 

 

新聞で見た、住民助けの帰り道の途中に殉職された警察官の方が、知り合いの知り合いの方だったと知った。

 

 

 

 

 

街も、人も、もう完全には元の状態に

綺麗に戻ることなどないのだろう。

 

 

それでも、自衛隊の人たち、ボランティアの人たちが沢山頑張ってくれている姿にとても励まされた。

 

 

 

復旧に1年はかかると言われたJRも

まだ完全には復旧していないけれど

予定の何日も何ヶ月も早く動き出した路線がいくつもある。

 

 

 

戦争も、数年前の土砂災害も、今回の災害も

幾つもの困難から何度も立ち上がってきたこの街。

 

 

街が壊れても、大好きな街だということに変わりはない。

 

 

 

だから、本当の闘いはここからだということを

ずっとずっと忘れたくない。

 

 

 

救われた命の裏に、奪われた命がある。

 

何から手をつけたらいいのか分からないほど

あちこちに散乱し積み重なった瓦礫や土木。

 

これから先の人生、失った悲しみとともに生きて

いかなければならないその覚悟を背負った人々。

 

 

 

 

 

豪雨が止んだから終わり、じゃない。

震動がなくなったから終わり、じゃない。

 

 

 

テレビで見なくなった=復旧した、わけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

いつどこで

自分がその身になるかも分からない。

 

 

 

 

 

見知らぬ誰かであっても、

そんな人たちと

ともに生きていこうとする社会でありたい。

 

 

もっともっと、人が人に寄り添える社会でありたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 


こんな記事を見つけた。

 


戦争の跡地をインスタ映えに利用して
その建物や自然の中でポーズを決めて写真を撮る若者が多くいるんだって。

 

 


そこで起こったことやその地での時の流れを知ろうともせず、「今」その時その一瞬だけの幸せや楽しさを求めることは、本当に幸せなことなんだろうか。

 

 

 


「今」ができるまでに、どんな人がいて
どんな出来事があってどんな歴史があったかを知り
未来を考えていくことが「生きる」ということなのではないだろうか。

 

 

 

*****

 

 

大好きな広島が舞台になっている、

この世界の片隅に』。

 

 


私がこの作品を好きな理由は、

登場人物のキャラクターや配役など色々あるけれど

 


でも1番は、

日常とか当たり前にあるものを描いているところ。

 

 

 

普通そういうのって

わざわざ描こうと思わないじゃないですか。

 

 


でもそんな日常を描くことで、

ほんとはすぐ目の前にあるものとか
すぐそばにいる人とか広がる世界が

すごく大事なんだなって気づけるし、

大切にせんとって思わされる。

 

 

 


どこにでもあるような、いつでも見れるような、

そばにありすぎて大切なものだと気づくのが

案外とっても難しいものを

さりげなく描いてくれてるところがとてつもなく好き。

 

 

 

そんなかけがえのない日常も、

戦争の激化と原爆投下で奪われてしまうのだけれど…。

 

 

 

 

 

 

 

戦争も災害も、日常を奪います。

普通に生きていけることが、

どれだけ有難くて幸せなことか。

 

 

 

 

「今あるに感謝」だなぁ

 

 

 

 

ネガティブを貫け

 

 

この前、すっごく嬉しいことがありました。

 

 

初対面の方とFBの連絡先を交換した時、

「あれ、私このブログ読んだことあるよ」って

言われたんです。

 

 

えええ…‼

 

 

だって私、自分の友達や知り合いとしか繋がってない

SNSでしか発信していないのに。

 

 

 

「ブログ読んで、私も書かなきゃって、

 書こうと思わされたの。

 

 他の記事をも読みたくなるブログだったよ」

 

 

 

もうもう嬉しすぎる言葉でした…

 

 

 

 

その時に、思い出したことがありました。

私の恩師に教えて頂いたこと。

 

 

 

「書く」というのは、記憶を記録にすること。

 

 

その時は胸に深く刻まれて、

一生覚えとくぞって思っても

日が経てば本当にすっかり忘れてしまうんですよね、

 

 

忘れてることすら忘れちゃうくらい。

 

 

 

なんか私のブログはもはや

日記みたいになっちゃってるけど、

 

でも「伝えたい」という思いがあるからこうして

気持ちを文字に起こしてブログにしているわけで。

 

 

 

 

自分が伝えたいことが必ずしも伝えたい通りに

読者の皆さんに届くとは限らないし、

同じ言葉や文章でも、人によって

その受け取り方が変わるのは仕方のないこと。

 

 

 

私は物事の考え方や受け取り方が

人とは違うんだろうなと思うことが多々あって、

だから無意識のうちに「伝えたいこと」よりも

「伝わらないこわさ」を恐れて

書くことを諦めるときもたまにあって。

 

 

 

だけどこうして自分の知らないところで

私の思いが、言葉が

誰かに届いてくれていることを身をもって経験して

私はずっと、書くことをやめないでいたいなと

強くそう思いました。

 

 

 

 

 

*****

 

 

私はずっと、前からずっと、

自分の感情に自信を持てないでいました。

 

 

(それは今も変わらないことではあるけれど…)

 

 

 

 

これを思ってしまっている自分は

周りから見たらどうなんだろうとか

 

みんなはきっとこう思っているから

私はこの感情を胸にしまっておけばいいやって。

 

 

 

だけど、その方を含む、最近になっていろんな

お話をするようになった人たちがいて、

そういう人たちと話していると、

あぁ自分の感情は間違ってないんだなぁって

安心感に包まれるんです。

 

 

 

最近出会ったばかりなのに。

 

(こうしてみれば、人の縁って不思議ですね…)

 

 

 

 

"一生懸命生きてくれてて、嬉しいよ、

たくさん悩んで困って大変なことだらけだと思うけど、

少しずつ感情を取り戻してくれてること、

人との関わりの中で表現する力とか自分の気持ちに気づく力とかついてきてること、などなど。

ああ、少しは前より前向きに生きてくれているのかなあって、思うよ"

 

 

 

 

って人に言われるくらい、

私は自分の感情を失くして生きてきて

 

 

 

 

 

そんな感情を抱いて(しまって)いる自分と、

ずっとずっと向き合えなかったけど

 

 

この失くしてきた(感じないようにしてきた)感情と

向き合わないとこれから先、幸せになれないな

と思ったことがありました。

 

 

 

 

 

 

その時の覚悟の気持ちを書いたブログを読んでくれた

(正確には、半強制的に読ませた…笑)人に、

こんなふうに言われました。

 

 

 

"ストレスとかコンプレックスとかは

原因を突き止めて乗り越えていくものじゃなくて、

どうしようもないから向き合って

抱えていくものなのかもね。

過去のことは特に。"

 

 

 

 


"乗り越える"、じゃなくて、"抱えて生きていく"もの。

 

 

 

 

なんだかその言葉に

深く考えさせられるものがありました。

 

 

 

 


思えば自分の抱いた劣等感とか心に負った傷とかは

もうこんなもの捨てちゃいたい、と願い

サヨナラを告げたくなる一方で

 

 

 

その気持ちや傷とともに生きてきた時間が長いほど

自分とは切り離せない

大きなものになってしまってて、

 

 

 

今の自分というのはそれをもとに

形成されてきたと言ってもいいくらい、

既に自分の一部になってるものだなぁ…

 

 

 

 


私はずっと、自分の感情から目を背け

自分からも他者からも逃げて生きてきてしまったけれど

 

 

 

今この感情と向き合うことから始めないと、

その感情を抱かせた存在とも向き合えないな

ということに気付いたんです。

 

 

 

 

(抽象的すぎる話でごめんなさい😥)

 

 

 


だから私は、最近になってやっと、

やっとスタートラインに立った感覚。

 

 

 

 


自分でも、

やっとかよ。って感じだけど。

 

 

 


それでも、今になってやっとスタートラインに立った

ようなこんな自分を受け入れてくれる人に出会い、

 

 

弱さをさらけ出してでも自分のことを伝えたいし、

その人のことも分かりたいと思うようになった。

 

 

 

 

 

 

ネガティブはポジティブよりも人に嫌がられるし

悩みは多いより少ないほうが良いように思われてるし

自信はないよりはあったほうが良いんだろうな

 

 

 

 


だけど私は、

とことんネガティブを貫けることも

悩み悩んで悩み抜くことも

自信のなさを共有できることも

実はとっても立派なことなんじゃないかなと思います。

 

 

 

 


だって、こんなにネガティブで悩み屋で

自信のなさの塊の私が

私を出せるようになったのは

そんな人たちと関わり

そんな人たちに認められてきたから。

 

 

 

"認められる"って、

そもそも自分を出さないことには始まらないこと。

 

 

 

見かけの自分を認められたって

そんなのは本当の意味で

認められたことにはならないですよね。

 

 

 

自分を出せるようになるためには

否定されない安心感が必要で、

否定されない安心感というのは

自分と同じだったり共感してくれたりする人たちや

そういう雰囲気があることが必要です。

 

 

 

 

だから、"自信のなさ"を共有できることが

私にとっては大きな意味を持つものだったのです

 

 

 

自信のない私でもいいんだなぁって

その時に初めて思えたから。

 

 

 

 

(それに、ポジティブはネガティブありきのものにこそ

価値があるのだと私は思っています…)

 

 

 

 

 

 

『ポジティブは大事だ』ということは

頭ではよく分かってるんです。

 

 

 

だけども私の脳は、

それでもネガティブに走ってしまう。

 

 

 

もう生まれて何年もそうなのだから

これからもずっとそうなのだと思う。

 

 

 

無理にポジティブを極めることは、

もう、やめました。

(諦めた、が正しい表現かも)

 

 

 

 

だって無理にポジティブを極めることは

私の心の中にある大切な感情たちを潰して

生きていくことになってしまうということに

気付いたから、。

 

 

 

(失くしたもの、すぐに取り戻せればいいけれど

一度失くしてしまったものって

取り戻すのに本当に時間がかかる、というか

完全に元の状態に戻るのって

多分不可能なんだろうなと感じる毎日です、)

 

 

 

 

(だから"乗り越える"んじゃなくて、

 "抱えて生きていく"んですね)

 

 

 

 

それに、みんなポジティブが大好きなんだから、

私くらいネガティブを愛してあげてもいいかなって。

 

 

思うわけであります、へへ

 

 

 

 

 

 

今回は"ネガティブ"に絞って書いたけれど

人間のどんな部分も、無理に変えようとすることなんて

本当は必要ないのかもしれないなと思います。

 

 

 

勿論努力は必要ですよ、

必要だけど、それを超えて自分を

見失うほどになってしまうくらいなら

 

 

 

ありのままの自分で居られる場所を見つけるほうが

よっぽど楽だし楽しいなって

そう思うのです。

 

 

 

*****

 

 

怖かったのに 辛かったのに 

誰も信じてくれなかったのに


あなただけが その声だけが 

いつでも笑いかけてくれたのに

 

痛む心 癒えないのは 

無様なほどに期待してるから


あなただけに その声だけに 

優しくされたかっただけだったのに

 

 

(♪シンデレラグレイ/米津玄師)

 

 

 

 

突き放されるような歌詞とか文章が

私はすごく好きだなって最近気づきました。

 

 

 

 

アイネクライネもいいけど、

viviとかWOODEN DOLLとかサンタマリアとか

米津玄師は好きな曲がいっぱいあります

 

 

 

 

共感するとこもあれば、

自分では分かれないほどに繊細なんだなぁとか

この人にしかない感性だなぁとか

そう思うところがいっぱいあるのが

RADとか米津玄師とかあいみょんの好きなところです。

 

 

 

そういう人たちの音楽を聴いていると、

胸がぎゅっとなる一方で

大切にしたいもの、自分にとって大事なものを

見直すきっかけにもなります

 

 

 

 

(好きな音楽を言っちゃうと、

その音楽とかアーティストのことを

本当に好きな人からすると、

良く思わない人もいるかな…って思って

今まであんま触れてこなかったけど、

 

これを読んでくれている人は

少なからずほんのちょっとは私に興味を

持ってくれてるのかなって淡い期待を抱いていて、

 

そういう人たちにはもっと自分のこと

知ってほしいなぁとか勝手に思っているので

最近は好きなものをここで書くようになりました。)

 

 

 

 

自分の好きなもの、

好きな人たちに伝えたくなっちゃうんですよね、笑

 

 

 

ブログを始めて8ヶ月。

読んでくれている人はもうだいたい

決まってきてるんだろうなってなんとなく思うので、

これを読んでくれている人たちに

自分の好きなものを伝えたい、!

 

 

 

 

好きなものをここに書くだけで

実はいろんな思いや葛藤と闘っておるのでした。笑

 

 

 

 

よければ皆さんも聴いてみてくださいね☺

 

 

 

 

久しぶりに4000字書いた!

伝えたいことが伝わってたら嬉しいです。

 

 

それではまた!

 

 

選んだ道を正解にする

 

 

歳をとると、本当に色んなひとの立場から考えて

行動をしなければいけないのだと痛感することが

かなりよくある。

 

 


自分自身の幸せのためだけの選択をすることなんて

ほとんどないなぁと思う。

 

 

 


行動選択の裏にはいつも色んなひとの言葉があって

決断をする度に色んなひとの顔が頭の中を

ぐるぐるしている。

 

 

 


でも、決めたことがたとえ

色んなひとのことを考えて行動したことであっても


それは結局自分が選んだ道であり、

自分自身の選択や決断の連続が

自分の一生をつくっていく。

 

 

 

 


歳をとり、学年が上がるにつれて

今まで見えていなかった視点や

誰かの存在に気付くようになった。

 

 


特に団体に属していると、

常に色んなひとの思いが交錯し

自分がやりたいこととか、自分にとって良いことよりも

組織にとってプラスになるものを

考えて行動しなければならない。

 

 

 

 


自分らの代のことだけを考えると

今年は別にやらなくてもいいこととか、

むしろの今の状態を続けたいし

続けられる体制ではあっても、

 

 


けれどもそれらは、何年か先のことを考えると

今から新しい体制への切り替えの準備を始めて

行動していかなければいけないことでもある。

 

 

 


あれこれ考えた末の結果に対して、
それでもどちらのことも選びきれない時もある。

 

 


だけどそうしてどちらかを"選ぶ"ことなく

ずるずる引き延ばしてやっていくと、

結局は中途半端になってしまって

やりたいことを両方取るのは

難しい時もあるのだと気付く。

 

 

 


この前行ったインターン先の人事の人が、
最後の10分くらいを使って、こんなお話をしてくれた。

 

 


『人生に正解・不正解と割り切れるものはほとんど

 なくて、どの道を選んでも、選ばなかった方を

 選べば良かったかもしれないと後悔したり、

 選ばなかった方の未来を想像してそちらに過剰に

 期待したりする。

 

 でも本当のところは選ばなかった方の未来が

 そうであるかなんてことは誰にも分からないし、

 選ばなかったこと、どこまでも想像し得ることに

 何日も何年も時間を使うのは勿体無い。

 


 私たちはいつだって

 どちらか1つの選択しかできない。

 


 大切なのは、"選んだ道を正解にする"ということ。』

 

 

 

 

 

 

私はこれまで、色んな言葉や考え方に出会う中で

"自分が選んだことに納得して生きていれば

それでいい"と思って生きてきたけれど

 

 

 


このお話を聞いて、

 

「そうか、"納得"じゃなくて、"正解"に

 しちゃえばいいんか!」とハッとされられた。

 

 

 

 

 


ちょうどサークルのことで同期と色々

話していたタイミングでこのお話を聞き、

なるほどなと思う部分が多くあった。

 

 

 

 


"これで良かったんかは分からんけど、

うちらの代で後輩たちのために新しい風を

吹かせられたのだと思ったら、

まぁいっかーって、ちょっとは思えるね!

(無理やり)(笑)"

 

 


と、無理やりこの話にこぎつけて
人生における選択についての話をした。

 

 

 

正解に「する」ってのはいいなぁ。


正解「だと信じる」っていうところで留まってるなぁ。
鳥取に来たことも、このサークルに入ったことも、自分が選んだ道は最善!って信じてきたし、

仮に別の道でもそれはそれで別の出会いがあって

楽しくやってるっていうのを本気で思ってるのだけれど 笑

 


まぁそれだと受け身というか、、
正解に「する」に切り替えようかなー 笑

 

 

 

自分が感銘を受けた話を素直に言えること、

伝えたいことが伝わってくれていたことを

実感してとても嬉しくなった。

 

 

 

 

 

人生は、選択の連続だ。

そりゃあ選ばなかった方の人生を想像して

落ち込んだり凹んだり、

未来を描いてみたりはするけれど

 

 

 

私が選んで私が生きてきたこの道を

この道でよかったと思いながら生きていたい。

 

 

 

 

自分が選んだ道なんだから、と

誇りに思い自信を持てる自分でいたい。

 

 

 

 

 

選んだ道を正解にすること。

 

 

 

 

いっぱい悩んでいっぱい考えることも

勿論必要で大事なことだけれど、

選んでしまったことに対しては

これくらい思い切って生きたほうが

案外人生はうまくいくのかもしれないなぁ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

今日は、8月6日。 原爆の日ですね。

 

 


73年前の8月6日は、

今日と同じ月曜日だったらしいです。

 

 

 


広島では、8月6日の朝はどのテレビ局でも
平和記念式典の様子が中継されるのだけど
鳥取では、NHKでしか中継されてないみたいでした、

 

 

 


広島市長、子ども代表の「平和への誓い」を聞き、

今日と同じような平和な明日が

もしかしたらないかもしれないことを疑いもせず


未来を思い描き夢見ることができるのは

平和だからこそできることなのだと改めて思いました。

 

 

 


今日は、西日本豪雨災害が起こって

1ヶ月が経つ日でもあります。

 

 

 


こうしてみると、日々というのは本当に

あっという間に過ぎ去っていきますね…。

 

 

 


平和であることを感じない(感じなくてもよい)ということは
それだけ毎日が平和だということでもあるのだと思います。

 

 

 


でも、平和な毎日に感謝する心は、
平和であることが当たり前だと思うくらい、
当たり前に持っていたいものです。

 

 

 

 

 

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高校1年生の頃、

原爆ドームに雪がかかっているところを

初めて目にしました。

 

 

 

市内では普通、雪は積もらないんです。

 

 

 

 

原爆が落とされたのは真夏の暑い日で

戦争や平和について学ぶのも

夏休み前集会とかでだけだったけど

 

戦争や原爆と闘う人たちが生き抜いたのは

春も夏も秋も冬もおんなじなんですよね、

 

 

 

雪がかかった原爆ドームを見た時、

こんなことをふと思ったなぁと今朝思い出しました。

 

 

 

 

 

記憶を風化させないこと、
生きたくても生きられなかった人たちの思いと叫びを
忘れずに生きていくこと、

 

 

 

 

平凡な毎日を送る私たちにもできるこれらのことを

心に刻みながら生きていきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

家族のこと

 

 

家族だっぴが終わった。

 

私もそろそろちゃんと向き合わないとなぁ。

 

 


私はずっと、家族と向き合うことから逃げていた。

正確に言うと、家族と向き合えない自分から逃げていた。

 

 

 


このブログは、誰に読んでほしいわけでもない。

できることなら、家族には読んでほしくない。

 

 


だからSNSには上げずに、

ひっそりとここに書くだけにする。

 

 

 


誰にも読まれなくていいなら、

ここに書く必要はないのかもしれないけど

 

 

 

 


でも今ちゃんと自分の感情と向き合っておかないと、

私は一生心にモヤモヤを抱えたまま

生きていくのだろうなと思ったから

 

 

 


岡山に行く特急の中で、このブログを書いている。

 

 

今の家族への、素直な気持ち。

 

 


*****

 

 

 


私は末っ子だ。


それも4人兄姉の。

 

 

 


前例が3つもあるから、

その存在に助けられとても勉強になった反面、

その存在にとてもしんどくなった時期もある。

 

 


(家族のことは大好きだし、尊敬しているし、

いつでも会いたいし、

友達より家族との予定を優先してしまうくらいだし、

家族のことが大好きなのは本当のことだ)

 

 

 

(家族のことは大好きだ、

ただ、その"家族"の中に

完全には入り込めない自分がいること、

当事者(?)になり切りたいのに

どこかなり切れない私がいること、

そのギャップを埋められない切なさともどかしさと

闘う日々…

そんな話を今日はここに書く。)

 

 

 

 

 


何故か私は上の3人と、何もかもが違っていた。

 


顔の造りから、性格から、得意なことまで、何もかも。

 

 

 


物心ついたときから、

1番上の兄は寮に入っていて

一緒に過ごす時間はほとんどなかった。

 


何度も風邪をこじらせては寮から帰ってきて

部屋で寝ている、身体の弱い兄ちゃんだった。


(今思えば、高校生活が相当ストレスの溜まるもので、

大変だったのだろうなと思う。)

 

 

 


私は世界で1番、兄ちゃんを尊敬している。

頭が良くて、努力家で、インターハイ

出場するくらい部活でも成績を残してて、

 

でも誰よりも謙虚で優しくて、

結果の裏にはそれを残すだけの努力があって、

自分の物差しだけで人のことをはかったりしない、

とても勉強家で寛大でやさしい兄ちゃん。

 

日常生活においては

ちょっと抜けとるところもあるけど、

でも、それが兄ちゃんの愛らしいところだ。

 

 


親からは多分兄姉の誰よりも怒られていた。

(兄ちゃんは何故か、いっつも怒られている。)

 

 

まぁ、相当な変人だから

親からすると色々理解できないことが

いっぱいあるんだろうな、と思っている。

 

 


色々書いたけど、

兄ちゃんとは家族の中で1番会話をしない。

 

 


私がこんなふうに思ってることも、

全然知らんのだろうな。

 

 

 


2番目の兄ちゃんも姉ちゃんも、

みんなスポーツができておしゃべりが上手で、

なんかもう色々と私とは真逆だ。

 

 

 


2番目の兄ちゃんのことは、尊敬しているけど、
そうじゃないところもある。

 


もうちょっと頑固じゃなくなって

優しくしてくれたらいいのになぁとか思ってしまう。

否定されるから話す気がなくなるのだ☹

 

 

 


姉ちゃんは、キラキラガールだ。

太陽みたいに明るくて、元気で、

オシャレが大好きで。

 


でも、本当は誰よりも繊細で相手思い。

 

 


そんな姉ちゃんは、なんでか知らんけど私のことを
めちゃくちゃ愛してくれる。
びっくりする。

 


1番心を開いてくれるし、

私のことを全力で受け止めてくれる。

 


私は姉ちゃんみたいに感情表現が得意ではないけど、

たとえば情緒豊かなところとか

基本的に考え方が重いところとか

人に求めることとか、

内面的な部分は本当によく似ていると思う。

 



 

 

 


私の場合、「家族」と1言で言っても、

相手が誰かによって家族への思いはだいぶ変わる。

 

 

 

 

 

 

親の言うことを、疑ったことがない子どもだった。

叱られるのは努力の足りなかった私が悪いからだと

純粋にそう思っていたし、

どんな親の言葉も素直に受け止めて生きていた。

 

 


でも、今になって思うのは、
ぐっと堪えた思いが本当はたくさんあったということ。

 


自分の本当の気持ちすら

あの時はすんなりと言葉にできなくて、

自分でも何を思って何を考えてたのか上手く言葉に

できないまま家族の言葉を飲み込んでいたけれど、

今になってちょっとだけ、言葉にできるようになった。

 

 


ほんとは悲しかったんだよ。


テストで99点をとったら、

あとの1点は何?って聞いてくるんじゃなくて、
よく頑張ったねって褒めてほしかった。

 

 


"夢中になれるものを見つけろよ。
じゃないとこの家に相応しくない。"

 


そんなつもりで言ったわけではないことは

分かっている。


でもあの時の私にはそんなふうに受け取れてしまった。

 

 

 

 


誇れるものが何もない私は、家に帰りづらかった。

良い成績や結果を残してないと、

どんな顔で家族やおじいちゃんおばあちゃんに

会いに行けばいいのか分からなかった。

 

 

 

 

それは今も変わらない。

 

 

 


でも、本当は気づいている。


誰よりも成績や結果を気にして生きているのは

自分自身だって。

 

 


周りの目なんて、

なんにも気にせず生きていければいいのにな。


兄ちゃんや姉ちゃんが

どんなに私とかけ離れた凄い人でも

私は私だって生きていければいいのにな。

 

 

 


でも、私にとって家族が大切な存在だからこそ、

私はみんなにとってどんな存在なんだろう、

みんなに幸せを分け与えられる人になるには

どうしたらいいんだろうって

そんなことばかり考えている自分がいる。

 

 

 

 


大学に入ってしまえば、

勉強ができるとかできないとか

バックボーンとか生きてきた軌跡とか

そんなのぜんぶ抜きにして、

そんなこと関係なしに生きていける。

 


私の人柄や性格を好いてくれて

今の私をありのままに受け入れてくれる人たちを

選んで過ごしていける。

 

 

 

 


私は家族に見せる顔と友達に見せる顔とが
あまりにも違いすぎる。

 

 


友達といる時の自分を見せたら、

家族はびっくりするんだろうな、と思う。

 

 

 

 

これまでの人生、私は自分のためにあれこれ頑張って

きたつもりだったけど、本当は家族に認められること

を原動力に生きてきたのだということに、

最近になって初めて気付いた。

 

 


(あー私、めっちゃ家族に囚われながら生きてるな…)

 

 

 


だけどその反面、

私のことをちゃんと全部分かってほしいとか

分かってもらえるとかそんなことは思わなくなった。

 

 

 


空白の時間が大きすぎて、

もう自分のことを説明するのも面倒くさい。

 

 

 


家族の目にうつってる私と本当の私が違っても、
そのギャップを埋めようとも埋めたいとも思わない。

 

 

 


これを頑張ったら家族が認めてくれるかもと

期待している自分がいる一方で、

自分のことをこれ以上分かられるとも

分かってほしいとも思わない絶望し切った自分もいる。

 

 

 


それが自分の家族に対する今の私の素直な気持ちだ。

 

 

 

 

 

 


家族のことは大好きだ。

 

 

 


でも、私がいなかった方がこの家は

みんな幸せだったんじゃないかとか

そんなことを考えてしまう自分がいる。

 

 


周りから見たら、恵まれた家庭なんだと思う。

 

 

 


うちみたいな家族はなかなかおらんよって

言葉の通り、みんなにとっては理想の家族

なんだろうなと思う、

 


勿論私にとっても理想の家族。

 

 


でもその"理想の家族"の中に、

私は私を入れることができない。

 

 

 

 


今になって言ったところで現実は何も変わらないけれど

大好きな家族に対して、

こんなふうに思ってしまっている自分がいる。

 

 

 

そんな自分のことを

自分で認めることができないでいた。

 

 

 

だからまず、

自分で自分の感情を認めることから始めたい、。

 

 

 

それからじゃないと、未来は変われないのだと思う。

 

 

 

 

 


全ての人に好かれるなんて、

そんなことは多分できない。

 

 


誰にも嫌われずに生きていくということは、

自分にとっての譲れないものや

守りたいものを失いながら潰しながら

生きていくことと同じなのだと思う。

 

 

 

 

自分の中にある思いが

その人にきちんとは伝わらなくても

伝えることができなくても

 


自分の大好きな人、

大切な人に分かってもらえたらそれでいいやと

思うようになった。

 

 

 

 

 

こんなこと、ブログに書くつもり

全くなかったのになぁ。

 

 

 

 

 

でも、見ている人がいるかもしれないこのページに、

自分の思いを素直に書けるようになった。

 

 

 

 

 

 

何年もかかったけど、自分の正直な思いを

言葉にすることができるようになった。

 

 

 

友達との対話の中で

私はやっと、ありのままの私を出せるようになった。

 

 

 

 

長かった。

 

 

出したいのに出せないって、とても辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

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ありがとう。

 

 

 

私は2人と出会えて、本当に幸せだよ。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

人生初、手作り餃子だったんて。

 

 

私は家族みんなで餃子を包んでみんなで食卓を

囲むのが当たり前の家庭に育ったから、

「人生初」って聞いてびっくりしてしまった。

 

 

"みんなで餃子つくるのって楽しいんだね"って

笑顔でそう言ってくれたのが本当に嬉しかった。

 

 

 

人の数だけ、家族の形がある。

 

 

どれがいいとか悪いとか

正しいとか正しくないとか決めつけるのは

傲慢でナンセンスなことだと思う。

 

 

だけど、

家族のあったかさを感じられる家庭で育った私は、

そのあたたかさとかつながりとかを

知ってほしいと思ってしまう。

 

 

 

みんなでご飯を食べるのが楽しいことも、

誰かのためにつくるご飯は、自分のためだけに

つくるご飯の何倍も美味しいことも

 

これからいっぱい伝えていけたらいいなぁ。