はるちんのひとりごと。

自分の思いを自分の言葉で。楽しみも喜びも悩みも不安も悲しみもぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、共有すれば希望になる"

"意味"は自分を救ってくれるか?

 

 

 

年内最後のぱんぴっとのイベントが終わりました。

 

 

 


最後から2番目のお題で

「理想の将来像」というのがあり、

 

 

「誰もが前向きに挑戦できる社会」、

「生きることを認め合える社会」と書かれてた

ゲストさんがいらっしゃり、そのフリップを見た時

なんだか泣きそうになってしまいました。

 

 

 

 

(自分がインタビューさせて頂いたゲストさんは、

生き方や考え方を少しではあるけれど知れているから

勝手ながらにすごく大好きになって

このお題はどんなこと書かれるのかなーって

ついつい気になって見に回ってしまうのだけど

 

 

 

今回自分がインタビューに伺ったゲストさんが

フリップに書かれてたことが

その方の生きてこられた道のりや人生観を

濃く表していて

 

 

その方の人生体験があったからこそ語られる

物語や言葉というのは何よりも説得感があって

ホンモノの言葉という感じがして

 

 

そういう言葉を持っておられるゲストの皆さんを見て

あぁ本当に素敵な社会人の方々だなぁと

改めてそう思いました。)

 

 

 

 

 

 

最近思うのは、意味がなくても生きていけること、

理由がなくてもそこに居られることの大事さ。

 

 

 


無条件に愛されるというのは、

意味や理由がなくても

自分が自分としてそこにいるだけで価値があると

思えることだと思うんですね。

 

 

 

日常生活の中で、意図的に傷つけられること、

自分がその場にいることに対して

他者から直接的に何かを言われること

(例えば「私と関わらないで」とか、

 「あなたはいらない存在だから」とか)って、

基本的には滅多にないとは思うのだけど

 

 

 

その一方で、

直接的な言葉ではない誰かの言動が

自分の存在価値を分からなくしたり

「自分が自分であるだけでここにいる価値がある」とは

思えなくなったりすることは、

実はよくあることだなと思います。

 

 

 

 

人は、受け取った言動がどんなものであれ、

愛されていると分かれた時に温かい気持ちになり、

自分が大切にされていないと感じた時に

怒ったり悲しくなったりするように

 

 

 

普段相手が思っている無意識の部分が無意識に働いて

無意識と無意識が重なって

それが言葉や行動として表れた時、

その内容が自分にとって嬉しいことであれば

幸せになるし

反対であれば幸せではなくなってしまう。

 

 

 

(難しいけど、だから「無意識」が1番人を

傷つけちゃうのかな、

 

 

そして「無意識」って、意識化することでしか

なかなか変えられない。

 

 

 

そしてその「意識化している」という意識が

なくなるまで自分のものになったとき、

今までの自分にはなかった、新しい「無意識」に

生まれ変わるんだろうな。)

 

 

 


自分が無条件に愛されていることを実感できる

関係というのは、

意味なんかなくても自分がその場に行きたい、

そこにいたいと思う関係で

 

 

これが双方にないとその関係って幸せには続かなくて、

相手に対して自分が、「安心して自分でいられるか」

というのも大切な観点だなと思います。

 

 

 

人のことを気にかけたり

大切に思ったりする気持ちも大切だけど、

同じくらい自分のことを大事にしたり

守ったりすることも大切で

 

 


双方向で心地よく、長く続く関係というのは

その人と一緒にいる時の自分のことを好きであれるか

ということも絡んでくるのかなって思います。

 

 

 

 


「その人のことを好き」というのと、

「その人と一緒にいる時の自分が好き」というのは

必ずしも同じことではないから。

 

 

 

(「好き」にも色々あるから、

 その「好き」の形によって

 自分自身やその人との関わり方を変えていくことに

 申し訳ないと思うとか罪悪感を持つのではなくて

 肯定的になれるようになったら素敵ですよね、

 

 


 その人のことは好きなんだけど、

 その人と一緒にいる時の自分のことは好きになれない

 ということがあるのは自然なことだし

 そこに苦しむ必要もないんじゃないかな、と

 思います。

 

 

 その人と一緒にいる時の自分のことは

 好きではないけど、でもそれでもその人と

 一緒にいたいと思うのであれば

 一緒にいればいいと思うし

 


 自分が好きな方法で

 その人のことを好きでいられたら

 それでいいんじゃないかなって私は思うんです。)

 

 

 

 

 

ちょっと話がそれちゃったけど、

私はずっと、自分が生きてる意味とか

そこに居てもいいと思える理由を

探していた時期があったのだけど

 

 

 

でも、例えばそうして長い時間をかけて

見つけられたものがあったとしても、

その理由や意味というのは果たして本当に

自分を救ってくれるだろうか?って

最近よく考えます。

 

 

 

 


ある時は、自分が生きてる意味って

何かを叶えるためかなとかって思ったりもしたけど

 

 


でもそれって同時に

何かを叶えなければ自分には生きている意味がないって

思ってることでもあるなって思って、

そしたら生きるのが全然楽しくなくなっちゃって。

 

 

 

 


生まれてきたから生きてるのかなって、

いまはなんとなく漠然とそう思うようになりました。

 

 

 

 


人生の理想や目標を持つことは大切だけど、

それが達成すべき絶対的な目的になってしまうと

それを達成できなかった時に

結局自分が自分を1番傷つけてしまうなって思うんです。

 

 

 

 

 

叶えられたら素敵だけど、叶えられなかったとしても

自分が自分としてここに生きていること自体が

否定されるというわけではないから。

 

 

 

 

 

人間みんな、もっと無条件に愛されて

無条件に生きていていいはずなのになって思います。

 

 

 

(いろんなことが原因で、簡単にそれが

阻まれてしまっている社会だな、と思います…)

 

 

 

 

 

 

 

大事なのはきっと、

「理由や意味がなくても

 自分がそこにいてもいいと思えること」。

 

 

 

そう思える関係や環境を大事にできるか、

作っていけるかというところに

生きやすさのヒントがあるのかなって

 

 

 

皆さんのトークを聞きながら

そんなことを考えました。

 

 

 

 

 

 

空が割れた日

 

 

16:23にアラームをかけて

スクランブルの信号に引っかかるか引っかからないかを

いつもひとりで勝負してた。

 

 

 

 

 

空回りしてる自分に悲しくなって

心と脳は別々なんだなぁなんてこと考えながら

 

 

 


なかなか上手くいかない現実に

悩んで戸惑って闘ってきた分だけの成果がほしいと

最善の選択をしたいと一生懸命生きてきた日も

 

 

 

 

わかってほしいことをわかってほしかっただけなのにと

涙を堪えた日も

 

 

3年間あっという間に過ぎ去って行った。

 

 

 

 

前日や昼間にどんなことがあっても

16:23から17時の間に

「人に見せられる自分」になった。

 

 

 

 

なんの話をしてるかって?

 

 

 

バイトを辞めてきました。

 

 

 

 

(バイトかーい!ってな、笑)

 

 

(そして上に書いたことはバイト中の出来事ではなくて

バイト中やその行き帰りに考えたことです☺)

 

 

 

 

「バイト」と一言で言ってしまえば簡単だけど、

私にとってバイトしてる時間は、6割くらいは

自分の思考を整理してる時間でした。

 

 

 

 

 

暇な時は本当に暇だったから。

 

 

 

 

 

スーパーにはいろんな人が来る。

 

学生もおばさんもおじいさんも赤ちゃんも

神対応なお客さんもそうじゃないお客さんも

みんな同じ人間なのに

買い物ひとつとってみても

どうしてこんなに違うんだろうって考えたり

 

 

 

ひどく傷つくことがあって

目の前のことから目を背けたくなったりした日は

途絶えることなく並ぶお客さんへ

集中してレジを打つことが

何もかも忘れられる現実逃避の時間になったり。

 

 

 

 

友達や知り合いが自分のレジに並んでくれると

本当に嬉しかったなぁ。

 

 

 

 

 

自己紹介もしないまま3年が経って

プライベートのことは殆どなんにも知らないけど

会う日を重ねるうちに

その日の出来事や忙しさを

いつの間にか笑って話せるようになった先輩も

 

 

 

いっぱいやらかして沢山迷惑かけてしまっても

優しく許してくれたパートのおばちゃんも

 

 

 

いろんな話に花を咲かせながら一緒に歩いた帰り道も

 

 

 

 

あたたかくて優しい場所だったなぁ。

 

 

 

 

 

学科やサークルは

どうしても自分と似たような人たちが集まる

傾向があるけれど

 

 

バイトは関わる人を選べない。

 

 

 

興味のあることも

勉強してる分野も多種多様な人たちと出会って

自分と同じだけ生きてきた人たちでも

こんなに違う世界を生きてるんだなぁって

実感したり

 

 

 

関わる人を選べない、いろんな人が集まってくる

このコミュニティの中で

大好きな先輩や同期、後輩に出会えたことは

本当に恵まれていたなぁと思うと心がじんわり。

 

 

 

 

バイト行くのが嫌で嫌で仕方なかった日から

今日は誰とシフト一緒かなーって

ちょっとだけワクワクしながら家を出るようになって

新しく入ってきた後輩の指導をする日が来て

 

 

慣れない手つきで接客をする後輩へのクレームを

自分に向けられた時は

大目に見てよって思いながらも

誰かのために謝れる立場になったんだなーって

実はちょっと誇らしかったりもしたなぁ

 

 

 

 

 

 

人間関係も

自分自身のことも

チャレンジしたことも

乗り越えたことも

本当にいろんなことがあった3年間だったけど

 

 

 

バイト先での自分はいつも誰かに助けられ、

「バイトの自分」としていられた時間が

弱々な自分を助けてくれた時もあった。

 

 

 

 

「ここでバイトして良かったなぁ」って

思える最後だったから

それだけで有り難いことだなと思います。

 

 

 

私は不器用なので、いろんなことが両立できなくて

どれも中途半端な状態になってしまっていたのが嫌で

言い訳をしない生き方をしたいと思ったから

バイトから一旦離れる決断をしました。

 

 

 

 

 

28のみんなは、普段自分がいる環境とは

かなり違う環境で生活してる子が殆どで

 

できそうでできない優しさを持っている、

本当に素敵なメンバーでした☺

 

 

 

久しぶりに会っても変わらず声をかけてくれて

立ち話なんかしちゃって

最後はエールを送り合ってバイバイする。

 

 

 

 

いっぱいいっぱいになって余裕なくなって

申し訳ないなと思うことが重なって

あーあってなりがちな私には

そんな些細なことでも

涙が出るくらい嬉しいことだったから

 

 

 

何気ない会話に何度も心を救われてきたなと

思い返しました。

 

 

 

 

将来を考えると、一体私はどうするんだろうと

自分のことなのに他人事みたいに思えてしまって

 

 

 

ほんとに就職するのかなって

現実感がなくなって

 

考えすぎて就職すること働くことがどんなことか

今の自分にとってどんな意味を持つことなのか

わからなくなって

 

 

 

この時期はもう本格的に将来を描けるように

なってないといけないのに

本音を言えばこんな時期を送っています。

 

 

 

 

でも、わかんなくなっちゃったからって

いつまでもそれから逃げられるわけではないから

ちゃんと向き合って考えなきゃだめだよね。

 

 

 

時給870円より価値のある時間にしていかなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

空を割るように差す光が

心の中にある不安も痛みもモヤモヤも

全てをかき分けるように

照らしてくれたらいいのになぁ。

 

 

 

 

 

 

 

話すことは手放すこと

 

 

不思議なもので、過去のことを誰かに話したり

何かに書いたりすると、

それまで自分の頭の中を占めていた思考のぐるぐるが

解けてなくなることがあります。

 

 

 

 

 

最近はたまにブログで過去のことを書いています。

 

 

 

それは別に過去の誰かに

何かを伝えたいからってわけではなくて、

過去をきちんと過去にしたいから。

 

 

 

私は感情を吐き出すのが下手くそなので

いつかのあの時の感情が

いつまでも自分の中に残っていることがあります。

 

 

 

 

月日が経ったという意味では過去のことだけれど

私の中ではまだ過去になっていないことがあって

それが今のもやもやに繋がっている時があるのです。

 

 

 

 

人間が死んだらみんないい人になるように、

どんな経験も、月日が経てば"いい思い出"になります。

 

 

 

でもそのいい思い出がつらいとしたら、

それはまだ過去になりかけの現実だからなんだって。

 

 

 

 

私には"いい思い出"として思い出せる過去が

あまりなくて、だから、もうやめたいんだけど

過去に引きずられながら生きていくことが

よくあります。

 

 

 

そんな時は、過去から目を逸らして

今の生活の充実度を高めることで

過去を埋めるようにして生きてきたのだけど

 

 

 

でも、その一瞬は過去から逃れることができても

長い目で見れば結局自分は何も変わらないまま

生きているな、ということに気づいてしまいました。

 

 

 

過去の自分も自分としてきちんと受け止められないと

本当の意味では幸せになれないなって

気づいたんです。

 

 

 

 

だから、過去のことを積極的に書くようになりました。

 

 

 

人に話すようになりました。

 

 

 

 

そうしたら、その時の感情に苦しくなったり

後ろ髪を引かれる思いで生きていくことが

少なくなりました。

 

 

 

 

 

何かにつけて脳内に出現していた過去の思い出が

今では頭の中に浮かんでこなくなりました。

 

 

 

 

やっと過去にできたのかなって

きちんと手放すことができたのかなって

 

 

そう思います。

 

 

 

 

 

 

 

人は普段、いろんな思いを抱えて生きています。

 

 

 

 

その思いを上手に吐き出せる人は

すごいなぁと思います。

 

 

 

 

なぜだか、私の身の周りには

思いを吐き出すのが上手な人たちが

あまりいません。

 

 

 

 

 

その人たちは、こう信じています。

 

 

 

 

自分が思いを吐き出すことで

誰かに迷惑をかけてしまうんじゃないかって。

 

 

 

 

 

優しいんです。

 

 

 

 

 

確かに思いを吐き出す"相手"は

選ばなければいけないかもしれないし、

 

 

 

あなたの中にある思いを素直に吐き出してよ

と何も考えずに言い切ってしまうのも

乱暴なことだなと思います。

 

 

 

 

でも、思いを吐き出すのを躊躇う理由が

「申し訳ない」という気持ちだけであるなら、

私には素直に吐き出してくれたら嬉しいな、と

思います。

 

 

 

 

優しすぎる人は

なかなか自分が思っていることを

伝えようとしません。

 

 

 

 

完璧主義な人は

自分の弱いところを見せるのが苦手です。

 

 

 

 

でも、思っていることをきちんと伝えることも

優しさかもしれないし、

 

完璧じゃなくても私はあなたのことを好きでいる

(完璧だからあなたのことを好きになった、

というわけではない)し、

 

 

 

 

思ってることを、みんながもっと

素直に言えるようになったら

もう少し生きやすくなるんじゃないかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

話すことは手放すことだけど、

それは思いとサヨナラするというだけではなくて

 

 

それをスタートにして生きていく

ということでもあります。

 

 

 

 

いつも過去の感情を引きずりながら生きていくより、

新しい気持ちで生きていくほうが楽しいし

ワクワクします。

 

 

 

 

 

なんだか最近、もやもやしてるな…

 

と思ったら、

 

ねぇ聞いて!って

誰かに思いを吐き出すことも

うまく生きていく1つの方法なのかなって

 

 

 

 

久しぶりに自分の感情ときちんと向き合うことがあり、

そんなことを考えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙の賛同者

 

 

人は賞賛や褒め言葉、感謝の気持ちを

なかなか素直には送ることができなくて

 

本当は好きなのに

いいなと思っているのに

 

なかなかそれらを伝えることが

できないでいることがあるな、と思うことがあります。

 

 

 

伝えられないと不安になるけど

でも、自分を応援してくれている人はきっといて

誰かに対する憧れや尊敬、すきだという気持ちは

誰の心にもあるんだよ、ということを伝えたくて

今日はこのブログを書きます。

 

 

 

 

*****

 

私は数学が苦手かつ嫌いすぎたので

高校ではいつも学年最底辺の点数をとっていた。

 


2年生の時に新採でやってきたA先生は

あまりにも馬鹿すぎる私のことを心配して

私の弱点とテスト範囲、

その近くにある模試の傾向を考えながら

その日解いてくる問題大問5題を一緒に考えてくれ

解いてきた問題の分からなかったところの解説をする

時間を毎日とってくれた。

 

 

 

 

 


授業に慣れていなくても

教えるのが上手じゃなくても

一生懸命授業してくれるところが好きだった。

 


私の学力をどうにかしようと

まっすぐ向き合ってくれるところが好きだった。

 

 

 

 

 

 

私にとって大嫌いな数学が

得意で好きでたまらない人たちが集まった

数学教官室に行くのは毎日毎日気が重かったし

 

 

若い男の人はなんとなく苦手だから、笑顔での

ありがとうは最後の最後まで伝えられなかったけど、

でも、今でもふと思い出すことがある。

 

 

 

 

 

 

3年間担任してくれたB先生は

かなり短気で気分屋な先生で

生徒からは正直あんまり好かれていなかった。

 


でも、1年生の時からずっと

私のことを気にかけてくれているのが伝わってくる

本当は優しくて面白い先生だった。

 

 

 

傷つくことを言われることもたくさんあったけど

でも、それは私に期待してくれているからなんだと

伝わっていた。

 

 

 

私が大学に合格した時

1番喜んでくれたのはその先生だった。

 

 

 

「努力が結果を残すことを証明してくれたね」

 

 

そう言って泣きながら笑ってくれた。

 

 

 

 

私は学校に対してあんまり良い思い出はないけど、

振り返って思い出すのは

生徒みんなに好かれ慕われていた

キラキラした先生たちだけではなくて、

 

 

底辺みたいな私のような人間でも見捨てることなく

最後まで私の力を信じ待ち続けてくれた

そんな先生たちの優しさと強さだ。

 

 

 

きっと私しか知らない

私1人のためだけにとってくれた時間、

かけてくれた言葉が

 

光の線みたいになって

今の私を支えてくれることがある。

 

 

 

 

もちろん毎日毎日そのことを思い出すわけではないけど

でも、悩んで落ち込んで前が見えなくなって

真っ暗な闇に覆われた時

頭の中に降ってくるのは

そんな先生たちがくれた光の線なのだ。

 

 

 

 


私のことを一生懸命救おうとしてくれた人たちのことを

思い出すと、私は簡単に人生を

投げやりにしたりしちゃだめだ、と強く思う。

 

 

 

 

 


私は自分でも引くほど自分に自信のない人間で

誰かと会って、「よし、大丈夫、頑張るぞ」

と思えても、またすぐに思考がぐるぐるして

不幸せな同じ思考のサイクルに陥ってしまう。

 

 

 

 


だけどそんな時

決して人気者ではないけれど

死にそうになりながら生きていた私の心に

出会ってからお別れするまでずっと届け続けてくれた

その先生たちの優しさと強さが

私を奮い立たせてくれる。

 

 

 

 


ここに書いたのは高校の先生だけだけど

小学校にも、中学校にも、そして大学にも

 

 

決して人気者ではないけれど

私の心に光を灯し続けてくれる人たちの言葉が、

思いがある。

 

 

 

 

 


私は性格的に人気者にはなれないし

いつも明るさ100%で元気づけることは

きっとできないけど、

 


でも、誰かにとっても私が

たまに差し込む光のような存在になれたらいいな

と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

沈黙の賛同者という言葉は

実は、ブログを書いている時に思いつきました。

 

 

反応があるともちろん嬉しいけど

でも、反応をくれる人というのは一部で

なんにもリアクションはないけど

読んではくれている、という人たちが

たくさんいます。

 

 


それが賛同者かどうかは分からないけど

賛同者と思い込むほうが生きやすいので

勝手に賛同者と名付けました。

 

 

 

 

 

自信のなさの塊みたいな私のような人間に言われても

あまり説得力はないかもしれないけど

沈黙の賛同者は、誰にでもいるよってことを

伝えたかったんです。

 

 

私はブログという形があったから

自分を応援してくれている人たちがいることを

たまたま分かることができたけれど

 

 

ブログを書いていなかったら、きっとそのことに

気付くことはできなかったと思うから。

 

 

 

ブログだけじゃなくて

自分を表現するもので且つ反応が見えるものを

していない人たちにも、沈黙の賛同者がいることを

伝えたかったんです。

 

 

 

 

(とは言ってもやっぱり、

言葉で伝えてくれるほうが嬉しいし

安心するんですけどね、☺笑)

 

 

 

 

 

こんなに素敵なあなたなのに

どうしてあなたはあなたのことをそんなに嫌いなの、

と思うことがあって

 

 

そんな人たちに向けて書いたのでした。

 

 

 

 

 

 

どうでもいい記憶の話

 

 

小学校5年生の時、塾に通い始めた。

 

 

1人以外、全然知らない子たちだった。

 

 

 

みんなは休憩時間、

同じ小学校の子たちとワイワイ楽しそうにしていた。

 

 

 

私にはそんな友達はいなかったけど、

でも、そのことはそんなに嫌じゃなかった。

 

 

 

自分のことを知っている人たちの中で1人ぼっちでいるのと、自分のことを全然知らない人たちの中で1人でいるのとでは事情が異なる。

 

 

 

みんなは私を知らないし、私もみんなを知らない。

 

 

 

その空間が、心地良かった。

 

 

 

 

私は1人でいることを苦痛だとは思わないし、

何より、1人を楽しめる人間だから。

 

 

 

(というより、中途半端に知ってる人とか、

微妙に関わりのある人との空間のほうが、苦手だ。

 

 

 

その人の考えてることとか思ってることが

次から次へと想像できてしまうから疲れてしまう。)

 

 

 

 

 

人間観察が好きになったのは、その頃からだ。

 

 

先生に見せる顔と、

先生がいなくなってから友達同士で見せる顔。

男子がいる前で見せる顔と、

男子がいなくなってから女友達だけに見せる顔。

 

 

 

会話や目線から浮かび上がる人間関係のカーストを見ているのは刺激的だったし、何より勉強になった。

 

 

あぁ、どこの世界でもあるんだなぁ。

純粋にそう思った。

 

 

 

私は塾で人間関係をつくることに、

積極的になれなかった。

 

 

 

友達ができるのと引き換えに

誰かをチラチラ気にしながら会話するようになる

そんな勇気を持つことができなかった。

 

 

 

 

勉強以外のことに、エネルギーを使うのも嫌だった。

 

 

 

 

 

それに、居場所は先生がつくってくれた。

塾の先生はいつも、みんな、面白かった。

 

 

同世代での人間関係をつくるのがいつまで経っても

下手くそで、いつも1人ぼっちでいる私を気遣って

面白い話をしてくれる先生たちが、とても好きだった。

 

 

 

 

 

そんなある日、一度だけ、

全然話したこともないS君から、

「○○ちゃんに話しかければいいのに」

と言われたことがあった。

 

 

 

(その子の名字がかなり珍しかったからかも知れないけど、なぜかその子のことを今でもよく覚えている。

 

 

 

小学校の名前も、

6年生からの新しいクラスの所属先も

まったく知らないままお別れしちゃったけど。)

 

 

 

 

先生以外からそんなことを言われたのは

初めてだったその衝撃と、

 

全然話したこともない私のことをS君なりに

気遣って声をかけてくれたことが嬉しかったし、

そもそも挨拶すら交わしたこともない私のこと、

ちゃんと認識してくれてたのね、と思うと

クスッと笑えてしまった。

 

 

 

 

 

中学校にあがると校舎が変わったので、

片道1時間以上かけて塾に通っていた。

 

 

 

平日は通えないから、1週間分を日曜日に詰め込んだ

"日曜コース"というのに通っていた。

 

 

 

毎週日曜日、朝9時くらいから夕方6時くらいまで。

 

 

 

親も先生も、"大変だねぇ"と言ってたけど、

私は塾に行くのが楽しかった。

 

 

 

塾に仲の良い友達がいるわけでも、

特別楽しい何かがあるわけでもない。

 

 

 

1人で電車に揺られ、授業を受け、お弁当を食べ、

そしてまた電車に揺られて帰ってくる。

 

 

 

 

静かで緑しかない地元の田舎町とは違って、

ネオンカラーの看板とカープファンが埋め尽くす

雑踏の中を、1人で歩いていた。

 

 

(なんか、小説チックですね。笑)

 

 

 

知らない街に、1人で冒険してるみたいで

楽しかったのかな。

 

 

 

 

 

中学校3年まで、日曜コースにいた。

 

 

 

メンバーは、学年が上がるにつれて増えた。

 

 

 

ほとんどの子が遠いところから通っていたのと、

いろんな地域から来ていたのとで

みんながみんなを知らないクラスだった。

 

 

 

だから、私たちのクラスだけ、

いつも異常に静かだった。

 

 

 

"受験は団体戦だから仲の良さも大事です"

という話を先生は何度もしていたけど、

 

 

 

 

特別仲の良い友達がいるわけでもなければ

特定の誰かを攻撃することもないその空間が、

私にはちょうど良かった。

 

 

 

(それは"塾"というサードプレイス的な所だったから

そう思えていたのかも知れない。)

 

 

 

 

 

このブログで伝えたいことは、本当に何もない。

 

 

 

ただ、自分の中に意識するまでもなかった日の記憶が、

ふと脳裏をよぎる時がある。

 

 

 

 

その記憶の中にいる自分が思ったことや考えたこと、

感じていたことが

気づかぬ間に自分の根幹になっていることがある。

 

 

 

 

インパクトがあって濃い思い出よりもむしろ

そういう思い出のほうが、

無意識の自分の中にあるものに近く迫る時もある。

 

 

 

 

誰にも聞かれない、

言葉にするまでもないそんな日々の思い出にも

実は自分っていっぱい詰まってるのかなぁって、

ぼんやりそんなことを考えることがあったのでした。

 

 

 

 

 

 

優しさの成分

 

 

自分の心に響くことがあったら

ぶわぁって思いが溢れてくる人間なので

3日連続でブログを書いています。

 

 

 


全部読んでくれている人がいてくださったら、

ありがとうございます。

 

 

 

 


今日は、元地域おこし協力隊の方のインタビューに

行ってきたのだけど、

その方がお話してくださったことで

涙が出てしまったものがあり

ちょっと考えることがあったので、

今日はそのことについてブログを書きます。

 

 

 

 


突然だけど、私は「笑顔」に対して

あまり良いイメージを持っていません。

 

 

 


高校にいた時、自分には何の取り柄もないと

思い込んでいた私がある日辿り着いた答えが、

 

 

「自分には何もないのだから、せめて人当たりの良い、

 笑顔な人間でいよう」

 

 

というものでした。

 

 

 


話しかけられれば笑顔で反応することを

常に心掛けていたし、

「笑顔だけは」と思い続けて生きていました。

 

 

 

 


でも、いつも笑ってたけど、

心の中ではいつも泣いていました。

 


顔は笑ってるけど、常に泣きそうでした。

 

 

 

 


家族にも言いたいことを言えなくなったのは、

自分が学校で「笑顔でいること」を

強く意識し始めた頃からでした。

 

 

 


それから5年、6年?

 

 


笑顔をつくらなくても

自然と笑顔になっている自分がいます。

 

 

 


これは、悪い意味で。

 

 

 


もう、意識的じゃなくて

無意識に笑顔でいれるようになってしまったんです。

 

 

 

 

 


そんな自分が、嫌で嫌で堪らなかった。

 

 

そんな自分を、変えたかった。

 

 

元通りの自分に、治したかった。

 

 

 

 

 


でも、なかなか変えられなくて、

 

治せられなくて。

 

 

 


だから人に「笑顔いいね」って言われても

素直には喜べなくて、

人は純粋に褒めてくれていると分かっていても

暗い気分になってしまう自分がいて、

そんな自分のことを尚更好きになれずにいました。

 

 

 


それからずっと、自分を変えたいと思う度に、

 


どうして私はあの時、「笑顔でいること」を

選択してしまったんだろうと、

強く後悔するようになりました。

 

 

 

 


人に嫌われたとしても、

親に心配をかけたとしても、

泣けばよかった。

 

 

 


そう思うようになっていました。

 

 

 

 

 


だけど今日、すごく温かいお話をして頂きました。

 

 

 


その方はおばあちゃん子で、ある日

おばあちゃんにこんなことを言われたらしいです。

 

 

 

"あんたは器量も悪くてかわいそうやねぇ、

 

 


でも、誰にでも輝くものがある。

 

 


それはね、笑顔。"

 

 

 

 

 


そのエピソードを聞いたとき、涙が出てきました。

 

 

 

 


あの時自分が「笑顔でいること」を選んだのは、

辛くて悲しくて苦しみのどん底にいた自分にもできる、

最大級のことだと直感的に思ったからだったんだって。

 

 

 


こう書くと自己暗示みたいだけど、

でも、そういうふうに思えたら、

あの時の自分を少し許せるような気がしました。

 

 

 

 


その方は、こう続けました。

 

 

 

反省しても、後悔はするな。

 

 

 


私は後悔だらけの人生を歩んできたけれど、

でも、そういう経験があったから今の自分があるわけで

今の自分があるから描ける未来がある。

 

 

 


だったら、過去を後悔し続ける必要なんて

ないのかもしれないなと

心が軽くなりました。

 

 

 

 

 


ちょっと前に、こんな記事を読みました。

 

「優しさ」の成分|瀧波 和賀|note

 

 

 


要約すると、

「優しさ」とは「優しくする側」と

「優しくされる側」がいて初めて生まれるもので、

それは交互でないと続かない、という内容です。

 

 

 


「優しさ」が当たり前だと思っている時には、

「優しさ」は返ってこないんですね、

 

 

 

 

 

 


世の中には、頭が良くて効率が良くて、

才能に溢れた人たちが沢山います。

 

 

 


でも、どんなに凄くて仕事が早くて優秀な人でも、

他人への思いやりや人としてのあたたかみのない人は

私はどうしても魅力的だと思えません。

 

 

 


今日インタビューに行った方は、

一緒にお話しているだけで心がぽかぽかする

太陽のような方でした。

 

 

 

 

 


その方は、

 

されて嬉しかったことは、人にもする。


してほしかったことは、自分がやる。


それが自分に返ってくるとは限らないけど、

巡り巡って自分の子どもや孫に

返ってくるかもしれないから。

 

 

 


そうお話してくださいました。

 

 

 

 


なんて素敵なんだろう。

 

 

 

 


優しさって、循環するんだ。

 

 

 


だったら私は、

自分の無知や余裕のなさが原因で

優しさの循環を断ち切ってしまう人間ではなくて、

 

 

受け取った優しさを当たり前だとは思わず感謝し、

それを次の人に回せる人間になりたい。

そう思います。

 

 

 

 

 

 

 

 


鳥取には、あたたかくて素敵な社会人が沢山います。

 

 

 

 

 


私もそんな、大人になりたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

卓球台があるところに就職しようかな

 

 

今日、オープンしてから初めて

隼ラボに行ってきました。

 


若桜鉄道に乗るのも初めてで、

初めてづくしのインタビューでした。

 

 

 


隼ラボでのインタビュー前の時間と

インタビューした方の雰囲気に、

なんだかとても通ずるものがあったので

今日はそのことについてブログを書こうと思います。

 

 

 

 


今回のインタビューは18時からだったのだけど

汽車の時間の関係で1時間早く隼ラボに到着しました。

 


隼ラボにはブランコがあって、

広くて綺麗なコミュニティスペースが広がってて、

おしゃれなカフェのスタッフさんは優しそうな方で、

それはもうとても素晴らしい所でした。

 

 

 

 


そしてなんと、外のテラスには卓球台が。

 


「卓球してもいいですか…?」と恐る恐る聞くと、

「どうぞどうぞ!」と言って頂き、

そこから1時間弱、卓球をしました。

 

 

 

 


卓球をしたのは、中学校以来かな。

 


私は4人きょうだいなので、雨の日はよく2対2で

チームをつくって台所の机で卓球をしていました。

 

 

 

 


2対2でチームをつくって遊ぶのは卓球だけではなくて、

家の周りを走るという、全然面白くも楽しくもない、

「駅伝大会」という名の遊びもありました。

 

 

(あの頃は兄に言われるがまま走ってたけど、

今考えたら意味わからん遊び。)

 

 

 


懐かしいな。

 

 

 


あの頃みたいに、もっと兄ちゃんといろんな遊びして
いろんな話をしたいなぁと、そう思いました。

 

 

 

 


自分の中で思い出に浸りながら、

一緒に行った子と、卓球をしながら

いろんな話をしました。

 

 


地元のこと、小学校時代のこと、就職のこと。

 

 


よく考えたら、2人とも日常の中に

「あそぶ」という時間があまりなくて、

「難しいこと何も考えずに遊ぶ時間って

 めっちゃ大事だね」って、そんな話をしました。

 

 

 

 

 

 

 


インタビューした方は、

良い意味でとても脱力した方でした。

(失礼な言い方だったらごめんなさい、)

 

 

 

やりたいことならやればいいし、
やりたくないことならやる必要はない。


無理してたら必ずどこかで歪が生まれる

 

 


そんな話をしてくださいました。

 

 


そして、その歪を埋めるのには、

2倍の時間がかかるのだと教えてくださいました。

 

 

 

 


その方の話を聞いて、ハッとしました。

 

 


"わたしたち、生き急いでたね。"

 

 

 


色々やってる人って凄いなぁとか、
いつも忙しそうな人って凄いなぁとか思っているうちに

 

 


理想の人間像を思い浮かべて

自分もその人のようにできるようにならないとなぁと

いつの間にか頭の中の思考が

それに縛られていたことに気づきました。

 

 

 


でも、自分が好きでそれをやっているのでなかったら、

それをすることってただただ自分を

苦しめることになってしまいます。

 

 


だってやりたくてやってるんじゃなくて、

やらなければならないと思ってやっているから。

 

 

 


私もその子も根が真面目だから、

テキトーに生きたいけど

テキトーに生きることができないでいます。

 

 

(テキトーって難しい…。)

 

 

 


「〜でなければならない」、「〜すべきだ」という、

言うなれば「べきべき星人」に

潜在的に頭の中を埋め尽くされながら

生活していたことに気づきました。

 

 

 

 


でも、物理的な忙しさで日常を埋めたからといって、

必ずしもその人の人生に対する充実度が増すわけでも

ないですよね。

 

 

 


何も考えずに遊ぶ時間がこんなに大事だとは

思わなかったし、

 

(というかこれまでは、何をしてても頭の片隅に

義務感や使命感がこびりついていて、

何も考えずに遊ぶということができなかった。)

 

 


今日のご飯は何にしようかなって考えられる時間が、

日常のゆとりや心の余裕につながる。

 

 

 


純粋に卓球が楽しかったというのもあるけれど、

こういうゆとりのある時間が日常にある暮らしを

送りたいねって、2人でそんな会話をしたのでした。

 

 

 

 

 


*****

 

 

 

今日、その子に指摘されて初めて、

やおい」(共通語では「柔らかい」)が

広島弁だったことを知りました。

 

 

 

3年目にして初めて知ったということも含めて、

かなりの衝撃でした。

 

 

 

 

 

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教えてくれたその子は、

人生初ハンモックに乗れてとても嬉しそうでした。

 

 

 

はるちゃん見て〜!って、

子どもがお母さんを呼ぶように言ってるのを見て、

とてもほっこりしました。

 

 

 

 

 

子どもは大人にはなれないけど、

大人はいつでも子どもに戻ることができるって

そんな歌があったなぁと、1人で思い出しました☺