はるちんのひとりごと。

自分の思いを自分の言葉で。楽しみも喜びも悩みも不安も悲しみもぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、共有すれば希望になる"

沈黙の賛同者

 

 

人は賞賛や褒め言葉、感謝の気持ちを

なかなか素直には送ることができなくて

 

本当は好きなのに

いいなと思っているのに

 

なかなかそれらを伝えることが

できないでいることがあるな、と思うことがあります。

 

 

 

伝えられないと不安になるけど

でも、自分を応援してくれている人はきっといて

誰かに対する憧れや尊敬、すきだという気持ちは

誰の心にもあるんだよ、ということを伝えたくて

今日はこのブログを書きます。

 

 

 

 

*****

 

私は数学が苦手かつ嫌いすぎたので

高校ではいつも学年最底辺の点数をとっていた。

 


2年生の時に新採でやってきたA先生は

あまりにも馬鹿すぎる私のことを心配して

私の弱点とテスト範囲、

その近くにある模試の傾向を考えながら

その日解いてくる問題大問5題を一緒に考えてくれ

解いてきた問題の分からなかったところの解説をする

時間を毎日とってくれた。

 

 

 

 

 


授業に慣れていなくても

教えるのが上手じゃなくても

一生懸命授業してくれるところが好きだった。

 


私の学力をどうにかしようと

まっすぐ向き合ってくれるところが好きだった。

 

 

 

 

 

 

私にとって大嫌いな数学が

得意で好きでたまらない人たちが集まった

数学教官室に行くのは毎日毎日気が重かったし

 

 

若い男の人はなんとなく苦手だから、笑顔での

ありがとうは最後の最後まで伝えられなかったけど、

でも、今でもふと思い出すことがある。

 

 

 

 

 

 

3年間担任してくれたB先生は

かなり短気で気分屋な先生で

生徒からは正直あんまり好かれていなかった。

 


でも、1年生の時からずっと

私のことを気にかけてくれているのが伝わってくる

本当は優しくて面白い先生だった。

 

 

 

傷つくことを言われることもたくさんあったけど

でも、それは私に期待してくれているからなんだと

伝わっていた。

 

 

 

私が大学に合格した時

1番喜んでくれたのはその先生だった。

 

 

 

「努力が結果を残すことを証明してくれたね」

 

 

そう言って泣きながら笑ってくれた。

 

 

 

 

私は学校に対してあんまり良い思い出はないけど、

振り返って思い出すのは

生徒みんなに好かれ慕われていた

キラキラした先生たちだけではなくて、

 

 

底辺みたいな私のような人間でも見捨てることなく

最後まで私の力を信じ待ち続けてくれた

そんな先生たちの優しさと強さだ。

 

 

 

きっと私しか知らない

私1人のためだけにとってくれた時間、

かけてくれた言葉が

 

光の線みたいになって

今の私を支えてくれることがある。

 

 

 

 

もちろん毎日毎日そのことを思い出すわけではないけど

でも、悩んで落ち込んで前が見えなくなって

真っ暗な闇に覆われた時

頭の中に降ってくるのは

そんな先生たちがくれた光の線なのだ。

 

 

 

 


私のことを一生懸命救おうとしてくれた人たちのことを

思い出すと、私は簡単に人生を

投げやりにしたりしちゃだめだ、と強く思う。

 

 

 

 

 


私は自分でも引くほど自分に自信のない人間で

誰かと会って、「よし、大丈夫、頑張るぞ」

と思えても、またすぐに思考がぐるぐるして

不幸せな同じ思考のサイクルに陥ってしまう。

 

 

 

 


だけどそんな時

決して人気者ではないけれど

死にそうになりながら生きていた私の心に

出会ってからお別れするまでずっと届け続けてくれた

その先生たちの優しさと強さが

私を奮い立たせてくれる。

 

 

 

 


ここに書いたのは高校の先生だけだけど

小学校にも、中学校にも、そして大学にも

 

 

決して人気者ではないけれど

私の心に光を灯し続けてくれる人たちの言葉が、

思いがある。

 

 

 

 

 


私は性格的に人気者にはなれないし

いつも明るさ100%で元気づけることは

きっとできないけど、

 


でも、誰かにとっても私が

たまに差し込む光のような存在になれたらいいな

と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

沈黙の賛同者という言葉は

実は、ブログを書いている時に思いつきました。

 

 

反応があるともちろん嬉しいけど

でも、反応をくれる人というのは一部で

なんにもリアクションはないけど

読んではくれている、という人たちが

たくさんいます。

 

 


それが賛同者かどうかは分からないけど

賛同者と思い込むほうが生きやすいので

勝手に賛同者と名付けました。

 

 

 

 

 

自信のなさの塊みたいな私のような人間に言われても

あまり説得力はないかもしれないけど

沈黙の賛同者は、誰にでもいるよってことを

伝えたかったんです。

 

 

私はブログという形があったから

自分を応援してくれている人たちがいることを

たまたま分かることができたけれど

 

 

ブログを書いていなかったら、きっとそのことに

気付くことはできなかったと思うから。

 

 

 

ブログだけじゃなくて

自分を表現するもので且つ反応が見えるものを

していない人たちにも、沈黙の賛同者がいることを

伝えたかったんです。

 

 

 

 

(とは言ってもやっぱり、

言葉で伝えてくれるほうが嬉しいし

安心するんですけどね、☺笑)

 

 

 

 

 

こんなに素敵なあなたなのに

どうしてあなたはあなたのことをそんなに嫌いなの、

と思うことがあって

 

 

そんな人たちに向けて書いたのでした。