はるちんのひとりごと。

自分の思いを自分の言葉で。楽しみも喜びも悩みも不安も悲しみもぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、共有すれば希望になる"

ネガティブを貫け

 

 

この前、すっごく嬉しいことがありました。

 

 

初対面の方とFBの連絡先を交換した時、

「あれ、私このブログ読んだことあるよ」って

言われたんです。

 

 

えええ…‼

 

 

だって私、自分の友達や知り合いとしか繋がってない

SNSでしか発信していないのに。

 

 

 

「ブログ読んで、私も書かなきゃって、

 書こうと思わされたの。

 

 他の記事をも読みたくなるブログだったよ」

 

 

 

もうもう嬉しすぎる言葉でした…

 

 

 

 

その時に、思い出したことがありました。

私の恩師に教えて頂いたこと。

 

 

 

「書く」というのは、記憶を記録にすること。

 

 

その時は胸に深く刻まれて、

一生覚えとくぞって思っても

日が経てば本当にすっかり忘れてしまうんですよね、

 

 

忘れてることすら忘れちゃうくらい。

 

 

 

なんか私のブログはもはや

日記みたいになっちゃってるけど、

 

でも「伝えたい」という思いがあるからこうして

気持ちを文字に起こしてブログにしているわけで。

 

 

 

 

自分が伝えたいことが必ずしも伝えたい通りに

読者の皆さんに届くとは限らないし、

同じ言葉や文章でも、人によって

その受け取り方が変わるのは仕方のないこと。

 

 

 

私は物事の考え方や受け取り方が

人とは違うんだろうなと思うことが多々あって、

だから無意識のうちに「伝えたいこと」よりも

「伝わらないこわさ」を恐れて

書くことを諦めるときもたまにあって。

 

 

 

だけどこうして自分の知らないところで

私の思いが、言葉が

誰かに届いてくれていることを身をもって経験して

私はずっと、書くことをやめないでいたいなと

強くそう思いました。

 

 

 

 

 

*****

 

 

私はずっと、前からずっと、

自分の感情に自信を持てないでいました。

 

 

(それは今も変わらないことではあるけれど…)

 

 

 

 

これを思ってしまっている自分は

周りから見たらどうなんだろうとか

 

みんなはきっとこう思っているから

私はこの感情を胸にしまっておけばいいやって。

 

 

 

だけど、その方を含む、最近になっていろんな

お話をするようになった人たちがいて、

そういう人たちと話していると、

あぁ自分の感情は間違ってないんだなぁって

安心感に包まれるんです。

 

 

 

最近出会ったばかりなのに。

 

(こうしてみれば、人の縁って不思議ですね…)

 

 

 

 

"一生懸命生きてくれてて、嬉しいよ、

たくさん悩んで困って大変なことだらけだと思うけど、

少しずつ感情を取り戻してくれてること、

人との関わりの中で表現する力とか自分の気持ちに気づく力とかついてきてること、などなど。

ああ、少しは前より前向きに生きてくれているのかなあって、思うよ"

 

 

 

 

って人に言われるくらい、

私は自分の感情を失くして生きてきて

 

 

 

 

 

そんな感情を抱いて(しまって)いる自分と、

ずっとずっと向き合えなかったけど

 

 

この失くしてきた(感じないようにしてきた)感情と

向き合わないとこれから先、幸せになれないな

と思ったことがありました。

 

 

 

 

 

 

その時の覚悟の気持ちを書いたブログを読んでくれた

(正確には、半強制的に読ませた…笑)人に、

こんなふうに言われました。

 

 

 

"ストレスとかコンプレックスとかは

原因を突き止めて乗り越えていくものじゃなくて、

どうしようもないから向き合って

抱えていくものなのかもね。

過去のことは特に。"

 

 

 

 


"乗り越える"、じゃなくて、"抱えて生きていく"もの。

 

 

 

 

なんだかその言葉に

深く考えさせられるものがありました。

 

 

 

 


思えば自分の抱いた劣等感とか心に負った傷とかは

もうこんなもの捨てちゃいたい、と願い

サヨナラを告げたくなる一方で

 

 

 

その気持ちや傷とともに生きてきた時間が長いほど

自分とは切り離せない

大きなものになってしまってて、

 

 

 

今の自分というのはそれをもとに

形成されてきたと言ってもいいくらい、

既に自分の一部になってるものだなぁ…

 

 

 

 


私はずっと、自分の感情から目を背け

自分からも他者からも逃げて生きてきてしまったけれど

 

 

 

今この感情と向き合うことから始めないと、

その感情を抱かせた存在とも向き合えないな

ということに気付いたんです。

 

 

 

 

(抽象的すぎる話でごめんなさい😥)

 

 

 


だから私は、最近になってやっと、

やっとスタートラインに立った感覚。

 

 

 

 


自分でも、

やっとかよ。って感じだけど。

 

 

 


それでも、今になってやっとスタートラインに立った

ようなこんな自分を受け入れてくれる人に出会い、

 

 

弱さをさらけ出してでも自分のことを伝えたいし、

その人のことも分かりたいと思うようになった。

 

 

 

 

 

 

ネガティブはポジティブよりも人に嫌がられるし

悩みは多いより少ないほうが良いように思われてるし

自信はないよりはあったほうが良いんだろうな

 

 

 

 


だけど私は、

とことんネガティブを貫けることも

悩み悩んで悩み抜くことも

自信のなさを共有できることも

実はとっても立派なことなんじゃないかなと思います。

 

 

 

 


だって、こんなにネガティブで悩み屋で

自信のなさの塊の私が

私を出せるようになったのは

そんな人たちと関わり

そんな人たちに認められてきたから。

 

 

 

"認められる"って、

そもそも自分を出さないことには始まらないこと。

 

 

 

見かけの自分を認められたって

そんなのは本当の意味で

認められたことにはならないですよね。

 

 

 

自分を出せるようになるためには

否定されない安心感が必要で、

否定されない安心感というのは

自分と同じだったり共感してくれたりする人たちや

そういう雰囲気があることが必要です。

 

 

 

 

だから、"自信のなさ"を共有できることが

私にとっては大きな意味を持つものだったのです

 

 

 

自信のない私でもいいんだなぁって

その時に初めて思えたから。

 

 

 

 

(それに、ポジティブはネガティブありきのものにこそ

価値があるのだと私は思っています…)

 

 

 

 

 

 

『ポジティブは大事だ』ということは

頭ではよく分かってるんです。

 

 

 

だけども私の脳は、

それでもネガティブに走ってしまう。

 

 

 

もう生まれて何年もそうなのだから

これからもずっとそうなのだと思う。

 

 

 

無理にポジティブを極めることは、

もう、やめました。

(諦めた、が正しい表現かも)

 

 

 

 

だって無理にポジティブを極めることは

私の心の中にある大切な感情たちを潰して

生きていくことになってしまうということに

気付いたから、。

 

 

 

(失くしたもの、すぐに取り戻せればいいけれど

一度失くしてしまったものって

取り戻すのに本当に時間がかかる、というか

完全に元の状態に戻るのって

多分不可能なんだろうなと感じる毎日です、)

 

 

 

 

(だから"乗り越える"んじゃなくて、

 "抱えて生きていく"んですね)

 

 

 

 

それに、みんなポジティブが大好きなんだから、

私くらいネガティブを愛してあげてもいいかなって。

 

 

思うわけであります、へへ

 

 

 

 

 

 

今回は"ネガティブ"に絞って書いたけれど

人間のどんな部分も、無理に変えようとすることなんて

本当は必要ないのかもしれないなと思います。

 

 

 

勿論努力は必要ですよ、

必要だけど、それを超えて自分を

見失うほどになってしまうくらいなら

 

 

 

ありのままの自分で居られる場所を見つけるほうが

よっぽど楽だし楽しいなって

そう思うのです。

 

 

 

*****

 

 

怖かったのに 辛かったのに 

誰も信じてくれなかったのに


あなただけが その声だけが 

いつでも笑いかけてくれたのに

 

痛む心 癒えないのは 

無様なほどに期待してるから


あなただけに その声だけに 

優しくされたかっただけだったのに

 

 

(♪シンデレラグレイ/米津玄師)

 

 

 

 

突き放されるような歌詞とか文章が

私はすごく好きだなって最近気づきました。

 

 

 

 

アイネクライネもいいけど、

viviとかWOODEN DOLLとかサンタマリアとか

米津玄師は好きな曲がいっぱいあります

 

 

 

 

共感するとこもあれば、

自分では分かれないほどに繊細なんだなぁとか

この人にしかない感性だなぁとか

そう思うところがいっぱいあるのが

RADとか米津玄師とかあいみょんの好きなところです。

 

 

 

そういう人たちの音楽を聴いていると、

胸がぎゅっとなる一方で

大切にしたいもの、自分にとって大事なものを

見直すきっかけにもなります

 

 

 

 

(好きな音楽を言っちゃうと、

その音楽とかアーティストのことを

本当に好きな人からすると、

良く思わない人もいるかな…って思って

今まであんま触れてこなかったけど、

 

これを読んでくれている人は

少なからずほんのちょっとは私に興味を

持ってくれてるのかなって淡い期待を抱いていて、

 

そういう人たちにはもっと自分のこと

知ってほしいなぁとか勝手に思っているので

最近は好きなものをここで書くようになりました。)

 

 

 

 

自分の好きなもの、

好きな人たちに伝えたくなっちゃうんですよね、笑

 

 

 

ブログを始めて8ヶ月。

読んでくれている人はもうだいたい

決まってきてるんだろうなってなんとなく思うので、

これを読んでくれている人たちに

自分の好きなものを伝えたい、!

 

 

 

 

好きなものをここに書くだけで

実はいろんな思いや葛藤と闘っておるのでした。笑

 

 

 

 

よければ皆さんも聴いてみてくださいね☺

 

 

 

 

久しぶりに4000字書いた!

伝えたいことが伝わってたら嬉しいです。

 

 

それではまた!