はるちんのひとりごと。

自分の思いを自分の言葉で。楽しみも喜びも悩みも不安も悲しみもぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、共有すれば希望になる"

選んだ道を正解にする

 

 

歳をとると、本当に色んなひとの立場から考えて

行動をしなければいけないのだと痛感することが

かなりよくある。

 

 


自分自身の幸せのためだけの選択をすることなんて

ほとんどないなぁと思う。

 

 

 


行動選択の裏にはいつも色んなひとの言葉があって

決断をする度に色んなひとの顔が頭の中を

ぐるぐるしている。

 

 

 


でも、決めたことがたとえ

色んなひとのことを考えて行動したことであっても


それは結局自分が選んだ道であり、

自分自身の選択や決断の連続が

自分の一生をつくっていく。

 

 

 

 


歳をとり、学年が上がるにつれて

今まで見えていなかった視点や

誰かの存在に気付くようになった。

 

 


特に団体に属していると、

常に色んなひとの思いが交錯し

自分がやりたいこととか、自分にとって良いことよりも

組織にとってプラスになるものを

考えて行動しなければならない。

 

 

 

 


自分らの代のことだけを考えると

今年は別にやらなくてもいいこととか、

むしろの今の状態を続けたいし

続けられる体制ではあっても、

 

 


けれどもそれらは、何年か先のことを考えると

今から新しい体制への切り替えの準備を始めて

行動していかなければいけないことでもある。

 

 

 


あれこれ考えた末の結果に対して、
それでもどちらのことも選びきれない時もある。

 

 


だけどそうしてどちらかを"選ぶ"ことなく

ずるずる引き延ばしてやっていくと、

結局は中途半端になってしまって

やりたいことを両方取るのは

難しい時もあるのだと気付く。

 

 

 


この前行ったインターン先の人事の人が、
最後の10分くらいを使って、こんなお話をしてくれた。

 

 


『人生に正解・不正解と割り切れるものはほとんど

 なくて、どの道を選んでも、選ばなかった方を

 選べば良かったかもしれないと後悔したり、

 選ばなかった方の未来を想像してそちらに過剰に

 期待したりする。

 

 でも本当のところは選ばなかった方の未来が

 そうであるかなんてことは誰にも分からないし、

 選ばなかったこと、どこまでも想像し得ることに

 何日も何年も時間を使うのは勿体無い。

 


 私たちはいつだって

 どちらか1つの選択しかできない。

 


 大切なのは、"選んだ道を正解にする"ということ。』

 

 

 

 

 

 

私はこれまで、色んな言葉や考え方に出会う中で

"自分が選んだことに納得して生きていれば

それでいい"と思って生きてきたけれど

 

 

 


このお話を聞いて、

 

「そうか、"納得"じゃなくて、"正解"に

 しちゃえばいいんか!」とハッとされられた。

 

 

 

 

 


ちょうどサークルのことで同期と色々

話していたタイミングでこのお話を聞き、

なるほどなと思う部分が多くあった。

 

 

 

 


"これで良かったんかは分からんけど、

うちらの代で後輩たちのために新しい風を

吹かせられたのだと思ったら、

まぁいっかーって、ちょっとは思えるね!

(無理やり)(笑)"

 

 


と、無理やりこの話にこぎつけて
人生における選択についての話をした。

 

 

 

正解に「する」ってのはいいなぁ。


正解「だと信じる」っていうところで留まってるなぁ。
鳥取に来たことも、このサークルに入ったことも、自分が選んだ道は最善!って信じてきたし、

仮に別の道でもそれはそれで別の出会いがあって

楽しくやってるっていうのを本気で思ってるのだけれど 笑

 


まぁそれだと受け身というか、、
正解に「する」に切り替えようかなー 笑

 

 

 

自分が感銘を受けた話を素直に言えること、

伝えたいことが伝わってくれていたことを

実感してとても嬉しくなった。

 

 

 

 

 

人生は、選択の連続だ。

そりゃあ選ばなかった方の人生を想像して

落ち込んだり凹んだり、

未来を描いてみたりはするけれど

 

 

 

私が選んで私が生きてきたこの道を

この道でよかったと思いながら生きていたい。

 

 

 

 

自分が選んだ道なんだから、と

誇りに思い自信を持てる自分でいたい。

 

 

 

 

 

選んだ道を正解にすること。

 

 

 

 

いっぱい悩んでいっぱい考えることも

勿論必要で大事なことだけれど、

選んでしまったことに対しては

これくらい思い切って生きたほうが

案外人生はうまくいくのかもしれないなぁ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

今日は、8月6日。 原爆の日ですね。

 

 


73年前の8月6日は、

今日と同じ月曜日だったらしいです。

 

 

 


広島では、8月6日の朝はどのテレビ局でも
平和記念式典の様子が中継されるのだけど
鳥取では、NHKでしか中継されてないみたいでした、

 

 

 


広島市長、子ども代表の「平和への誓い」を聞き、

今日と同じような平和な明日が

もしかしたらないかもしれないことを疑いもせず


未来を思い描き夢見ることができるのは

平和だからこそできることなのだと改めて思いました。

 

 

 


今日は、西日本豪雨災害が起こって

1ヶ月が経つ日でもあります。

 

 

 


こうしてみると、日々というのは本当に

あっという間に過ぎ去っていきますね…。

 

 

 


平和であることを感じない(感じなくてもよい)ということは
それだけ毎日が平和だということでもあるのだと思います。

 

 

 


でも、平和な毎日に感謝する心は、
平和であることが当たり前だと思うくらい、
当たり前に持っていたいものです。

 

 

 

 

 

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高校1年生の頃、

原爆ドームに雪がかかっているところを

初めて目にしました。

 

 

 

市内では普通、雪は積もらないんです。

 

 

 

 

原爆が落とされたのは真夏の暑い日で

戦争や平和について学ぶのも

夏休み前集会とかでだけだったけど

 

戦争や原爆と闘う人たちが生き抜いたのは

春も夏も秋も冬もおんなじなんですよね、

 

 

 

雪がかかった原爆ドームを見た時、

こんなことをふと思ったなぁと今朝思い出しました。

 

 

 

 

 

記憶を風化させないこと、
生きたくても生きられなかった人たちの思いと叫びを
忘れずに生きていくこと、

 

 

 

 

平凡な毎日を送る私たちにもできるこれらのことを

心に刻みながら生きていきたいものです。