はるちんのひとりごと。

自分の思いを自分の言葉で。楽しみも喜びも悩みも不安も悲しみもぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、共有すれば希望になる"

本音で話せる勇気と時間を-part2-

ずっとずっと、将来が見えなかった。

 

 

だけど、最近になって、とんとんとんって


少しずつではあるけれど、将来が見えてきました。

 

 


(どういう流れでどんな思いを持って

どんな夢を見ているのか


本当はぜんぶ言葉にしてここに書きたいのだけど、
あまりにも長くなりすぎるので、今の私の思いを

ここには記したいなと思います。)

 

 

 


私にはずっと、

「居場所をつくる人になりたい」という思いがありました。

 

 

 


けれど、その対象者は誰なのか、


どういう方法で居場所をつくっていくのか、

 

 

 


それらのことは自分でも全然分かっていなくて、
ただ漠然と、居場所をつくる人になりたいと
そんなふうに考えていました。

 

 

 

 


今の私が描いている未来は、


精神的にしんどい思いを抱えて生きている人たちの
心の拠り所となる場所をつくりたい、


そんなようなことです。

 

 

 


具体的には、

 


社会的にはあまり認知されていない
心や病気の悩みを抱えた人たちがいること、


マイノリティの立場にいる人たちのこと、


そしてその人たちの思いを


自分自身も勉強しながら発信していきたいなと

思っています。

 

 

 

 


素敵な出会いもたくさんあったけれど、
私にとって高校時代はとても辛いものでした。

 

 

 


こんなこと書いたら

家族を悲しませてしまいそうだけど

 

 


どうやったら、楽に、綺麗に、

迷惑かけずに死ねるかなぁって


毎晩そんなことばかりを考えていました。

 

 


生きる意味も目的も
何のために生きて
何のために頑張ったらいいのかわからなくて

 


生き方も頑張り方も、全然分かりませんでした。

 

 


自分の存在価値が分からなくて、
ずっとずっと自己否定を続けていました。

 

 

 


だけど、そんな私でも、
大学に入って、だっぴに入って、

私は私でいいやって思えるようになりました。

 

 

 

普通であることの勇気をもつこと。

特別良く(悪く)あろうとする必要はない、

そのままの自分を認めること。

 

 

 

人間は、自分自身の声を1番聞いている。

人から言われた言葉だって、

それを脳内で何度も再生しているのは自分。

 

 

これと同じように

人生を意味づけしているのは自分自身であって、

そこに他者は関係ない。

 

 

 

トラウマだって、考え方を変えれば、

"自分の人生を大きく変えたもの"として

捉えることもできる。

 

 


だったら同じ人生、

 


自分で自分を認めて生きていきたいし、

誰になんて言われたって

私は私なんだと胸を張って生きていきたい。

 

 

 

 

 

簡単に言えば、こんなふうに思うようになりました。

 


(もちろんこう思えるまでには、

すごくしんどいこともたくさんあったけれど…)

 

 

 

 


私は、私と同じように、

その時はしんどい思いを抱えて生きていても、


その人が輝ける場所というのが

絶対にあると思うんです。

 

 

 


今はしんどい環境にいる人たちにも、
生きるのが辛くて仕方ない人たちにも、

 

 


誰にでも同じように"居場所"があるということを、


自分の生き方で証明したいんです。

 

 

 


病名をもらっている人たちは、病名をもらう程の

すごくしんどい状況にいるのだろうなと、思います。

 

 


けれど、「病院」という、いわば

助けてくれる環境に身を置けているということは、

 

 

見方を変えたら

 


支援・応援してくれる環境がある、
ということでもあるのかなと思います。

 

 

 


だから私は、将来的には、


病名をもらうまでにはいかない、いけない人たち


(病院に行く勇気がない、

病院に行っていいのか分からないけど、

でもすごくしんどい環境にいる人たち)


の力になりたいなと思っています。

 

 


すごくすごく、難しいことであると思うけれど…

 

 

 


私は、大学で心理学を学んでいるわけでも

そういう系の免許を持っているわけでもありません。

 

 


だから、専門知識が必要な職業には

就くことができません。

 

 

 


これからやりたいと思っていることも、

もしかしたら、叶わぬ夢となるかもしれません。

 

 

 


それでも、頭の良さが足りなくても、

専門知識が足りなくても、

 


その人たちに、そしてこの社会に、


届けたい思いがあるのです。

 

 

 


いま、その夢に向けて、

ちょっとだけ行動を起こしています。

 


届くかは分からないけど、

やってみて無駄なことはないと思うから、

全力で自分をぶつけにいきたいなと思っています。

 

 

 

 

 


毎日死にたいと思っていた私が、


将来を夢見て、そしてその夢を語っている。

 


自分で自分に、びっくりしています。

 

 


今日は、だっぴの新歓があったのだけど


新歓が終わったあと、メンバー2人と、職員さんと
なぜだかそういう話になって。

 

 


私の話を、みんながうんうんって

聞いてくれる時間がありました。

 

 


私は話すのが下手くそで、


話が前後したり、

うまい言葉が見つからなかったりで


話してて、

自分で自分に悲しくなってくるくらいなのだけど

 

 

 


私の話を聞いてくれていた子が、


涙を流しながら言ってくれた言葉がありました。

 


"今までのどんな話よりも感動した"って。

 

 

 


私を慕ってくれる後輩の子が、


目をうるうるさせて言ってくれた言葉がありました。

 


"新歓に新入生がいっぱい来てくれただけで

嬉しかったのに、はるさんの話を聞けて、

今日来て本当によかったです"、って。

 

 


2人がそんなふうに思ってくれるとは思ってもなくて、
びっくりしてその時は言葉が出ませんでした。

 

 


だけど、家に帰ってから、
その時の感情がじわじわ湧いてきて

 

 


こんな私の人生が、誰かの心に響いてくれている、


それってすごくありがたいことだなって
とてもあたたかい気持ちになりました。

 

 

 


自分の夢の話をする前は、


上手に話せるかな、
私の夢、ちゃんと夢になってるかな、って


ほんの少しのためらいがあったのだけれど

 

 


"本音で話す"って、やっぱりすごく

大切なことだなって改めて感じました。

 

 


"1番だっぴしてるやん"


"はるさんどうしたんですか!変わりすぎ…!"


"すごい、この言葉しか出てこない…"

 

 

 


私の話を聞いて、

こんなふうに言ってくれる人たちがいて

 

 


私はもっともっと


私の生きたいように生きていいんだと

 

 


そんなふうに思いました。

 

 

 

 


"思いが人の心を動かすこと"

 

 


こんな私にでもできるんだなぁって


なんだかじーんときちゃいました。

 

 

 


***

 


"新歓は帰り道が勝負だ"って、


私は割とまじで本気で思っています。

 

 


だから私は、


新歓の帰り道、めちゃめちゃ頑張ります。

 

 

 


自分は性格的に、


1対大勢よりも1対1のほうが話しやすくて、
じっくりその子の話に耳を傾けることができる

その時間に、

 

 


その子の考えてる大学生活と


自分が所属しているサークルとかだっぴが
どんなふうにフィットできるかなぁって


頭をフル回転させて、一生懸命考えます。

 

 

 


帰り道なんて、あっという間に終わってしまうから。

 

 


たとえその子が、ボラサとかだっぴに

入ってくれなかったとしても、それでも、

新歓のあの数時間、このサークルに時間を

捧げてよかったと、思ってほしいんです。

 

 

 


"数ある新歓の中で、今日この新歓に来てよかった"

って、少しでも思ってほしいんです。

 

 

 

 


大げさかも知れないけど、「時間をもらう」

というのは、そういうことだと思うから。

 

 

 


だっぴの新歓が終わった後、

みんなが口をそろえて言ってくれる言葉があります。

 

 

 

"普段は、夢の話とか真面目な話をする機会って

ほとんど無くて、でも、実は自分はそういう話に

結構興味があるんです。

 


だっぴは、他のサークルとは違って、

そういう真面目な話でも、
誰も笑わずに真剣に聞いてくれる、

そんな雰囲気がすごく良いなって思いました。"

 

 

 

 


その子によって言い方は異なるけれど、
だっぴに来てくれたみんなが、

こんなようなことを言ってくれます。

 

 


てことは、つまり、

 

 


私たちには、本音で話せる時間というのが
あまり足りてないんじゃないかなって、思います。

 

 

 

 


ある社会学の本に、こんなことが書いてありました。

 

 

いま、この時代を生きる私たちに足りていないのは
"対話"だ。

 

 

って。

 

 

 

 

***

 

 


明日からも、生きたいように生きていこう。

 


そして、弱音も悩みも葛藤も


本音で話せる勇気と時間を

これからもずっと持ち続けたい。

 

 


そんなふうに思えた今日はとっても、

幸せな1日でした。