はるちんのひとりごと。

自分の思いを自分の言葉で。楽しみも喜びも悩みも不安も悲しみもぜんぶひっくるめてこの生き方が、誰かの心を救えたらいいな。私の言葉が誰かの人生を照らせたら最高だなぁ。 "絶望だって、共有すれば希望になる"

将来が見えない

帰省すれば、会う大人会う大人に、

「将来どうするか決まった?」って、聞かれます。

 

 

全然わかんないよ。

 

 

どんな職業勧められても腑に落ちなくて、

やっていける自信もなくて、

心から「やってみたい!」って思えなくて。


なんでそうなのかも、全然分からなくて。

 

 


だけど、東北から帰ってきて、自分が将来何がやりたいか見えない理由って、ここにあるんだろうなって、なんとなく気づけた気がします、

 

 

「ブログ読んで、泣いちゃったよ。あの文章を読んだだけ、(現地に行ったわけでもなにか聞いて自分でなにか感じたわけでもない人間)なのに、涙が出てきた。上手く言えれんけど、ずーんってきた。


ありがとう、この言葉が合っとるんかわからんけどね。でも、ありがとう…自分なりに考えたいし、まだ教師になってもないけど、けど生徒になにか伝えられる人になりたい、被災者の方に思いを馳せたり、自分のこととして痛みや苦しみを考えてみたりできる人間を育てたい、そう思ったよ」

 

 

自分が被災地で感じたことについては、

SNSにシェアするかすごい迷ってて。

 

それは、簡単にシェアできるような内容ではないし、簡単に取り扱っていいものでもないと思うから…

 


でも、それでも、自分が発信するからこそ届けられる存在がいるなら、シェアしたいと思って。

 

 

だから、この連絡が来たときに、

書いてよかった、シェアしてよかったって

心から思いました。

 

 

そして、そんな気持ちを伝えようと

文章を考えてるうちに、気づきました。

 


 
自分は社会の一員として生きていけるほどの知識、教養、道徳心、社会性が身についた人間じゃない。

自分が子どもすぎて、幼すぎて、社会を構成する1人として働ける存在に思えなくて、だから、この世に溢れてるいろんな仕事に対して、胸張って「やりたい」って言うこともできなくて、

どんな職業も、「興味はあるけど…」みたいなのばっかりで、好きなことも、やりたいことも、熱意を持って貫けるものではなくて、自分みたいな人間がやっていける自信もない、自分みたいなのがやってしまっていいんだろうかっていう思いもあって、

 

 

「働く」とかいう以前に、自分が知らない世界のことをもっとちゃんと知りたいし、知ろうとする人間でありたい。

自分が「知ってる」って思ってることも、果たしてそれは本当に「知って」いるのか確かめたい、

 

自分が思ってる事実が、他の視点から考えたら全然違った、みたいなことっていっぱいあります

 

 

社会全体をそんなふうにいろんな面から見て、社会のことをちゃんと知って、ちゃんと考えられる人間になってから、そこから、じゃあ自分はどうしたいのか、どうやって生きていくべきなのかを考えたいなって、気づきました…

 

 

 

私はきっと、社会のことを、知らなすぎる。


社会のことを、もっとちゃんと、

自分のこととして捉えたい、

 

 

実際に被災地に足を運んでみたからこそ、

震災について、ほんの少しではあるけれど

自分のこととして捉えることができるようになりました。

 

自分の目で見たからこそ、肌で感じたからこそ、

社会のことをもっとちゃんと知らなければならないと

感じるようになりました。

 

 

 

 


でも、これに気づいたのって、

遅すぎたのかな。

 


大学生活だって、もう2年しかない。3年生になったら、きっと、もう、就活は始まってしまう。既に始めてる人だっているのに。

 

 

 

今、やっと、スタートラインに立ったような、

そんな感覚、

 

 

 

私は、これまでの人生で、
土台すら築けていなかった。

 

 

これに気づいた瞬間、

自分の今までの人生はなんだったんだ、

自分今まで何しとったんじゃろ、って、

情けなくなりました

 

 

 

きっと、「社会をちゃんと知る」ことに、

終わりはありません。

 

現状起こってることだけでも、いろんな分野があって、いろんな人がいて、いろんな考え方があります。

 

それに、社会を知るためには、歴史だって知っておかなきゃいけない。「今」は、歴史から離して考えられないと思うから。

 

 

けれど、今起こってることも、歴史も、今からぜんぶ知ろうと思ったら、時間が足りない。足りなさすぎる。

 

 

でも、時間に縛られた中で、将来を決めたくない。

とりあえず、って、これでもいっか、って、

妥協して将来を決めたくない。

 

 

 

日本史だって、世界史だって、

試験で点をとるために勉強してきた。

 

センター試験で世界史を選択しないと決めた瞬間、

世界史を勉強するのをやめた。

 

 

 

そんな私だけど、今からでも、

できることをやっていきたい。

 

 

 

だけど、

 

 

新聞を読もう、本を読もう、

 

 

情けないけれど

こんなことくらいしか、思いつかない。

 

 

 

正直、将来をどうしたらいいのか分からなすぎて、涙で前が見えなくなって、不安で押しつぶされそうです。

 

 

 

 

だっぴに入って、これだけいろんな人の生き方に出会って、考え方に触れてきたのに。

 

 

同い年のみんなが今頃考えてることはきっと、将来やりたいこととか、将来をどうするか、っていう、夢に満ちた、けれども現実的なことなのに。

 

 

 

私が東北に行って得たものは、

将来が見えない理由だった。

 

 

 

 

 

自分の将来が見えない理由が、やっとわかった。

やっと分かったけど、分かってしまったからこそ、

そんな自分と向き合うのが辛い、

 

 

辛くて惨めで、将来を考えるのが、

こわくて仕方ありません、

 

 

 

みんな一体、将来をどうやって決めてるの…

私はこれから、どうしていけばいいんだろう…

 

 

 

だけど、誰に相談したらいいか分かりません。
誰なら、笑わずに、私と同じ目線で一緒に考えてくれるのか、分かりません。

 

本当はこんな弱いところ、誰にも見られたくないです。


だけど、いつまでも逃げ続けるわけにもいかなくて、


将来はすぐそこまで迫ってきていて、

本当にどうしたらいいのか分かりません…